スパイラル











「へえ、こんな難しい本も読むんだね。」
「読んでみると先生もはまりますよ、きっと。お医者さんだから、数学とか得意でしょ?」
アルフォンスがほほ笑んだ。


病院の昼下がり、「私は患者と昼御飯を食べるようにしているんだ」と嬉しそうにレイバーがやってきた。
「アルはもう飯食ったぞ。」
と、心底うざそうに答える兄にも頬笑みかけて、
「そうか、じゃあ、私の昼御飯に付き合ってもらおう。」と、椅子を一つ陣取ったのだった。

アルフォンスのベッドと、エドワードが病院に泊まるために勝手に備え付けたソファがある病室は、狭い。
膝を寄せるようにベットのそばに腰かけて、レイバーはアルフォンスと会話している。その後ろのソファで兄はふてくさ
れたように胡坐をかいている。


アルフォンスはまた体が回復しきっておらず、一日の大半は眠っている。そんな貴重な、会話できる時間を他人にと
られるのがエドワードは悔しくてたまらないらしい。
しきりに時計を気にして、時折「まだかよ。」「医者ってのは暇人だな」とかちゃちを入れるものだから、しまいにはアル
フォンスが怒った。
「兄さん!」と怒気を含んでエドワードを呼ぼうとして、逆にむせた。それは一喝して殴るよりも効果があるらしい。兄
は弟を心配して狼狽し、ついには静かになった。


「数学と科学ができれば充分素質がありますよ。あとは哲学的な要素とか、料理を作るセンスとか。」
「料理?」
レイバーが笑う。
「薬の調合とかって意味だよ。材料を配合したりする塩梅にはセンスが必要なんだ。それが料理に似てるから、錬金
術には料理のセンスが必要なんだよ。」
ソファにどっかと構えた兄が付け足した。会話に参加してないと思っていたのに、気になって仕方ないようだ。
「じゃあ、君たちは料理がうまいんだろうね。」
レイバーの言葉に兄弟が苦笑した。


アルフォンスは鎧のころ、味見ができなかったために料理などできなかったし(せいぜい飲み物をつくるくらいだ。)
兄は食事に全く頓着しなかったために、家事に関しては何事もぞんざいだった。

「まあ、やってみれば、うまいかもしれないなあ。」
アルフォンスはそう呟いて、兄を見る。

そうだ、これからは料理もできるんだ。

そう思うと、思わず笑みがこぼれる。兄もそれに返事を返すように心底うれしそうな顔をした。

「本当に君たちは仲がいいね。」
「まあな。」
エドワードが即答する。アルフォンスはちょっと考えたが、否定できないことに苦笑した。
「両親がいないので、自然と仲良くなりますね。」
「うらやましいなぁ。」
「先生は兄弟とか、いるんですか?」

あれ、と、アルフォンスは思った。

思ったちょうどその時、看護婦がドアを開けて「先生、ここにいたんですか!急患です。すぐにお願いします!」と入口
で告げる。

「ああ、悪い。すぐに行くよ、じゃあね、エドワード君、アルフォンス君。楽しい昼食をありがとう。」
ふわりとした笑みを残して病室から出ていく。
「いえ、こちらこそ・・・また来てください。」
やっとそう返して、兄を見る。エドワードもまた腑に落ちないといったような顔をしていた。



「最後、先生ちょっと変だったよね。何か嫌なこと聞いたかな・・・。」
「兄弟の仲よくないんじゃねえのか?」
うん、と呟く。
兄弟について尋ねた時のレイバーの顔に張り付いた影が、脳裏に焼きついた。














目が覚める前に、自分の手を握っているのが兄ではないことを分かっていた。


それは機械鎧を整備する油のにおいがしなかったからで、でも分かったからといって隣で黙って手を握る人物が、兄
以外の誰なのか、アルフォンスには検討もつかない。
 
手はひどく熱くて力強い。いっそ、痛い。
なんだか自分の顔に注ぎ込まれる視線まで感じる。うとうとしながら、こんなに熱く手を握りこまれて、目を覚まさない
のはむしろおかしいのかもしれない、と思い始めたとき、手のひらで頬にふれられて、頭上から熱い声が落ちてきた。
 
「エヴァ・・・」
 
あ、レイバー先生だ。
 
 と思ったのと、自分の意識が眠りに引き込まれるのはほぼ同時だった。
 
 
目を覚ますと、それはごくいつもどおりの朝で、上機嫌な兄が「おっ。おはよう、アル。」とニコニコしながら挨拶してく
る。
見ると、今日も弟の口に食事を運ぼうとスプーンを意気揚々と握り締めていた。
 
「今日は自分で食べてみるから、いいよ。」
エドワードはすこし残念そうな顔をしながらも、そうだよな〜とかいいつつスプーンを渡してきた。
スプーンを握ってみる。金属の固い感触がした。兄が左手で握り締めていたためか、生ぬるい。

アルフォンスは確かめるように何度か、瞬きをした。
まだ少し夢と現実の境目にいる。
あれは夢だったのか、それとも・・・。

「昨日の夜は兄さん、家に帰ったの?」
「え?ああ、ちょっと書類取りに行ってた。査定が近いからな。」
「そっか。」

 じゃああれは夢かもしれない、と考えた。それにしても変な夢だった。それともアレは兄だったのを寝ぼけて勘違い
したのだろうか。

「兄さん、夜はちゃんと眠れてる?ボクの手なんか握らずにちゃんと眠らなきゃ駄目だよ。」
そういうと兄は妙な顔をして弟をみつめ返した。そうして「寝てるよ」と、一言。
「お前はちゃんと寝てんのか?変な夢とか見ないか?」
あんまりな過保護っぷりに、つい笑った。
「兄さんがそんなに過保護だから、あんな夢を見るんだろうな。」
「あんな夢?」
「うん。手を握られる夢。」
ふっと笑うと兄はさらに妙な顔をした。

ああ、でも
エヴァとはなんだろう。人の名前だろうか。

ふと表情が曇る。
そういえば昨日の手は右手だったな。兄さんだったら左手のはずだ。と、考えた。やはり夢だったのかもしれない。
 
 









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