|
右肩に掛けたカバンが重い。
ぱんぱんに膨らんで肩からずり落ちそうになるのを、何度か直しながら歩くのが大変だ。
何にも考えずに学校に行ったら、バレンタインデーで驚いた。
げた箱を開けたらなだれを起こしたチョコレートが足の甲に直撃して泣くかと思った。
おまけに何故か丸一日、クラスも違うのに兄さんがついてきた。チョコレートをくれた女の子たちには感謝すべきだけ
ど、正直今日はあんまりいい日じゃない。いや、むしろ廊下ですれ違った女の子には何故か泣かれてしまうし、仲の いい友達は女の子から呼び出されたりで気を使うし、一日中くっついてきた兄さんがすごく機嫌が悪かったしで、今日 は厄日だ。
バレンタインデーが厄日・・・
ボクは日頃の行いが悪いのかもしれない。自覚ないけど。
そんなことを考えながら相変わらずついてくる兄さんと家路についた。兄さんはボクとは対照的に軽々とバックを肩に
かけて(チョコレートはことごとく断るのだと去年聞いた気がする)意気楊楊とボクの少し前を歩いている。
ボクは頬を膨らませたまま、拗ねた顔で地面に視線を落とした。
まったく何と言うのだろう。機嫌が悪いにもほどがある。
今こそ鼻歌歌いながら歩いているけれど、この兄、チャイムが鳴った瞬間に仁王立ちでボクの席にきて「帰るぞ」と言
い放ったのだ。まだホームルーム真っただ中でマスタング先生が話していたのに(あれがリザ先生だったらチョークが 飛んでた・下手したら名簿の角で殴られてる)、しかも学期末テストについての重要な話だったのに。
歩きながら溜息がでる。
その溜息が聞こえたのか、小柄な背中が突然、ぴたりと止まってこちらを振り向いた。
「アル、何か飲むか?」
「え・・・でももうすぐ着くよ」
「俺、なんかあったけえもん飲みてえな」
「うん。」
黙って買うのを待っていると兄さんは自動販売機の前で、コインを入れもせずに振り返ってくる。
「飲みたいもの無いか?」
「ボクは別に・・・」
そこまで言ったのに、すぐそばにあった自動販売機にコインを入れている。こちらを向いて、好きなもん選べよとぶっき
らぼうに告げてくる。
ボクは肩をすくめて笑った。こういう兄なのだ。
「おごってくれるんだ」
「おう」
「じゃあ、ホットレモンにしようかな」
「・・・・」
ボタンを押そうとしたボクよりも、一瞬早く兄さんが動く。
ピッ、ガッション
「・・・兄さんココア出てきたよ」
「間違えた」
出てきたココアを取り出して差し出してくる。
これは新手の嫌がらせだろうかと訝しがるボクをよそに、急にボクの左手を取ってすたすた歩き出した。
「間違えたなんて嘘だろ、ホットレモン上の段だったよ、ココアは下の段だった!」
「うっさいな、黙って飲め。」
「手を放してくれないと開けられないよ」
ふてくされてそう言い放つと、兄さんは握ってない自分の左手をポケットから出してきて、ココアの栓を開けてくれた。
そのまま暖かい湯気を出すココアを、ボクの手ごと取って飲んだ。あんまり横暴だ。結局自分がホットココアを飲みた かったんだ、そうに違いない。
一口飲んだ後、ボクに缶を返してくる。「後でもう一口」という要求のおまけつき。
「いいよ兄さん。全部あげるよ」
「いいから飲めよ、体あったまるから。」
もうすぐうちに着くのに。唇をとがらせながらしぶしぶとココアを一口飲んだ。罪のないココアは暖かくて、甘くておいし
い。つい、もう一口飲みこむ。
「アル、掌冷えてんな」
と、白い息を吐きながら兄さんが言ってくるので、そうかな?といいつつココアを兄さんに渡した。
嬉しそうに缶を左手で受けとって口をつけている。ココアの湯気と兄さんの白い息が、冷え切った頬を掠めて空中に
消えた。
「・・・やっぱり、兄さんがココア飲みたかっただけなんだろ」
あんまりおいしかったから、負け惜しみに呟いてみる。
兄さんはココアを一口飲んで、つないだ手をぶんぶん振りそうなほど上機嫌に、
「うん、そう」
と、にかっと笑った。
白くて、温かい息を吐きながら。
えー・・・・はっぴー、バレンタイン?(ososugi★)
|