PARC



(9)













「はい、今日もおまけしておいたからね」
「わ、ありがとうございます!」
「大丈夫?ぼく、ひとりで持てるかな?」

心配げな店主の口調に苦笑しながら、ぺこりと頭を下げてお礼をいう。子供が大好きなんだという八百屋のおかみさ
んは、アルフォンスを見かけるたびに声をかけてくれるから、今ではアルフォンスは店の常連客である。
完全に子供扱いで、時にはキャンディや駄菓子を握らされて恐縮することもあるけれど。

「大きなキャベツですね」
「そう、今年は豊作でね。外側はロールキャベツにちょうどいい。煮るとぐんと甘くなるんだよ。」
にっかと笑ったおかみさんに、こちらも笑み返す。

「じゃあ、これも一つ。」

キャベツは籠に入りきれず、袋を別に用意してもらうことになった。さらにお菓子をつめてくれようとするおかみさんに、
目を丸くしてお礼を告げる。
人の好意を無下にできないのが悪いところだと、以前幼馴染が教えてくれたことがあるけれど。それでもいつでも嬉
しい、人がほほ笑んで、声を掛けてまた笑って。

両手に荷物を持つと、重さで少し足がもつれた。旦那さんが笑ったのをおかみさんは諫めて、今日は荷物を減らして
おくかい、と気を使ってくれる。
「大丈夫です、鍛えてますから」
「いいや、今日はお兄さんがいないんだから、私に甘えておきな。」
奥からのっそりと旦那さんが出てきて、二人のやりとりを眺めながら、面白そうに笑う。
「男の子なんだからそんくらいは大丈夫だろ。なあ、ぼうや」
「はい」
おかみさんは大きく息をひとつ吐いて、それでもアルフォンスを送り出してくれた。手のひらを力強く振ってくれたか
ら、アルフォンスは頭を下げて挨拶して市場を離れる。

道なりに歩いていくと、思ったよりも買い物に時間がかかったことがわかった。日はすでにすっかり傾き、川沿いに植
えられた樹の影は長く伸びている。

確かに、買いすぎたかもしれない。

荷物が肩を引っ張って、歩くのが一苦労だ。西日が少し強い、もうすぐ来る春の気配を照らそうとしている。




左ななめ向こうの木の陰で、何かがざわりと動く気配がした。視界の隅でそれをとらえたとたん、神経がぴんと張り詰
める。

突然肩を掴まれて、振り向かされた。両手に荷物を抱えていたためにうまく対処しきれてない。
肩を掴んだ掌の感触で、道を聞く人や知り合いでは無いのだとすぐにわかった。



咄嗟に荷物を捨てる。腕を払って後ろに何歩か飛び下がった。

周りを見るともなく見渡す。気配が断ち切られているけれど、ひとりではないことはわかる。
さて、この体でどこまで抵抗できるだろうか。
「なんですか?」
隙を見つけられるかと子供っぽくほほ笑んでみた。とてもじゃないが油断はしてくれそうもない。

黒い服を着た、大柄の男が真正面に一人。夕日が逆光になって相手の顔がよく見えない。墨で塗ったように真っ黒
なシルエットで、表情が読めない。
周りの気配を感じて相手がこの男一人ではないことがわかった。ここは人が隠れる場所が多すぎる。
背中がざわざわとひきつる。
目の前の男は低い声で、静かに唱えた。

「手荒なまねはしたくない」
「・・・」
「ただ、君が必要なんだ」

「何に」とは聞かない。口を閉ざして相手を見つめた。
後ろに二人。左右に一人ずつ、そして、正面にはこの男。おそらく頭だろうと踏んだ。

左右に控えていた人影が一歩近付くと同時に手を打ち鳴らした。レンガを使って正面の男を拘束しようと試みる。
だが、正面の男も同じく手を打ち鳴らして、その錬成を打ち砕てきた。

「!」

―――――錬金術師。それも、人体錬成を経験している。

アルフォンスは、咄嗟のことに判断を失い、後ろから迫る相手に気づかなかった。
右手を掴まれる。気付いた時には遅かった。
「しま・・・っ」

ぼきん、と嫌な音が響く。
「う、わ・・・・っ」
味わったことのない痛みが右腕に走る。目もとがちかちかと閃光のように眩んだ。動けないところをはがいじめにされ
る。
地面に押し付けられた顔が、痛む。朗らかな足音が近づいてきて、アルフォンスの額当たりで止まった。
頭のずっと上から、先ほどの男の声が落ちてくる。
「少し無防備すぎるんじゃないかな。君はとても貴重な存在なんだから、もうすこし警戒しないと。何しろ、一度生き返
っているんだから。」

もう死にたくは、ないだろう。

声が遠くに聞こえてくる。もがくように動いていた体から意識が薄れていくのがわかる。鈍くなる頭で、それでも懸命
に言葉を吐こうとした。

・・・ボクは、死んだことなんてない。













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