新婚さん

ろく!











僕の上司、エドワード・エルリック大佐は、有名な愛妻家であり、ブラコンである。


僕を大佐の部下に任命した大総統閣下は、緊張で硬直する僕にひどく優しい笑顔で
「まあ、鋼のは扱いようによっては憎めない男だ。うまくやりたまえ」
と、書類を投げるようにこちらに滑らせてから、ごくごく簡単なことのように言い放った。

僕はというとその書類を取るのも困難なほど、その時僕は緊張していた。
なにしろ「鋼の錬金術師」の二つ名を持つ最年少国家天才錬金術師、エドワード・エルリックの部下に任命されたの
である。
エドワード・エルリック大佐は、噂では冷徹で且有能、頭の回転が恐ろしく早く・・・・・・・重ねて言うが大変なブラコン
らしい。
ただし最近は恋人ができて、その恋人にも骨抜きらしいと聞いていた。










・・・憎めない男。

まったく、ものは言い様、である。









眉間にいくつかしわを寄せて書類を眺める、向かいのデスクの人物をちらりと盗み見る。
年は僕と同じか、もしかしたら若いくらいかもしれない。でも物腰は老成していて・・・つまりはえらそうだ。

「・・・」
何も言わずにこちらに書類を差し出してくる。あわてて受け取ると、エルリック大佐は見事な金髪を乱暴に書きあげ、
自身のデスクから立ち上がった。「あああーーー、疲れた」と大きな息をひとつ。

午前中の仕事が終わったらしい。相変わらずの速さ。おかげでこちらは今日も残業することになりそうだ。

エルリック大佐は正真正銘の「天才」で、集中すると簡単に時間も食事も時には仕事も忘れる。部下に命令するとき
も、自身には筋が通っていることでも大抵理論が大幅に飛んでしまっているから、命令をうけるこちらは、大佐が何を
言いたいのかさっぱりわからないことも多々ある。さらに言えば頭の回転に腕の動きすら追い付かないらしく、文字が
全く解読できない。本人はまるで記号を解読するように、すべての文字を理解できているらしいのだが。
・・・・正直、部下として働きにくい。

「はあーーっ。」
首をこきこき言わせながら、部屋の隅にあるポットに足を進めている。あわてて腰を上げるようとすると、いいから、と
手で制された。

カップにコーヒーを注いで一息つく気配がうかがえる。のぞき見るように振り向くと、いつものごとく左手についたきらき
ら光る指輪に唇を当てて眼をとじ、満足そうに微笑んでいた。大佐的至福の時間というやつだ。

大佐は、極力プライベートを仕事に持ち込まない。何があっても定時で帰宅するし(残りの仕事はすべてこちらにまわ
される。そしてこちらはその処理に、大佐の約6倍の時間を要す)、心の底から愛しきっている弟さんや恋人の写真を
机に立てかけるなんてこともしない。
ただ、帰宅時間が近づくとさすがにすこしそわそわ嬉しそうになったり、時折物事を考えているとき薬指につけた指輪
に触れたり、唇に押し当てたりしている。ほほ笑んで見つめている時もある、そんな時の大佐の表情はちょっと形容
詞にくい。努めて形容するなら、

俺の恋人は最高だなあ、今何しているかなあ、会いたいなあ会いたいなあ会いたいなあ

とまあ、そんな感じである。つまりはでれでれしすぎて形容しずらい・・・したくない。


「ん?」

手元が陰ったから見上げると、小柄な大佐は俊敏に僕のデスクまで来ていて、机上の小さな封筒を見つめていた。

「なんだ、それ。」
「あ、今開催されてる美術館の催しものの招待券です。近々行く予定だったんですけどちょっと都合でダメになって。」
「いらねえの?」
「ええ、もう捨ててしまおうかと思って居るんですけど。」
「ふうん」
恐る恐る大佐を見ると、珍しく美術館のチケットに興味を持っているようだ。午前中で仕事が立て込んでいないから暇
なのもあるけれど。

「・・・よろしければ大佐、行かれませんか」
「どんな絵の展示会なんだ?」
「現代抽象絵画ですよ、なかなか有名どころが来ているようです。」
「抽象絵画なら、喜ぶかもな。あいつああいうの好きだもんな」
「是非。」
チケットを差し出すと、少し考えてから大佐は受け取ってくれた。サンキュ、という嬉しそうな短いお礼付き。本当に珍
しいことだ。
「明日休みだから、行ってみるよ。」
ちらりと自分の左手に光る指輪に視線をめぐらす。それからにこりと笑ったので、まるであふれ出んほどの恋人への
愛に直に見たような気持ちになって逆にこちらが恐縮してしまった。






翌々日の朝は晴れ渡り、内勤をしなくてはならない者にとっては、もはや恨みたくなるようないい天気。
今日は大佐もご出勤だから、こき使われるんだろうとすこし早目に出勤し、デスクに向かっていた。
しばらくすると軽やかな長靴の足音とともに、誰かが機嫌よさそうに口ずさむ音が聞こえてくる。
その鼻歌がエルリック大佐のものだなんて誰が想像できただろう。
なんと大佐は鼻歌を歌いながら扉を開けて出勤してきたのだ。僕の顔を見るなり、にかーーっと歯を見せて笑って、
手を上げ・・・おっす!と・・・軽やかな挨拶・・・っ!!!
あまりの驚きに硬直する僕に特に構わず、エルリック大佐はつかつかと近づいてきて掌を取り、何かを載せた。

透明な手のひらサイズのかわいらしいビンに入った・・・これは・・・

「えっ、はっ・・・これ・・・キャンディですか!」
「昨日のチケット、ありがとうな。すげえよかった。アルがすごい喜んでて、お前に何かお礼しなくちゃって。んで、こ
れ。・・・ったく、ガキじゃねえんだからなあ。」

エルリック大佐は申し訳なくなるくらいでれっと相好を崩して眉毛を垂れた。
・・・人が変わってしまっている。


「あの美術館、川沿いにあるだろ。アルが帰り途にちっさい店見つけてな。二人で川辺歩きながら飴食べて帰ったん
だ。全く、いくつになったってんだ。」

きっと昨日のデートがよっぽど楽しかったに違いない。思い出しながらにやにやしている大佐を眺めながら、美術館の
そばの川沿いを、二人で寄り添うように歩くカップルを思い浮かべた。

大佐をここまで骨抜きにする彼女とはいったいどんな人物なのだろう。きっとものすごくおしとやかで穏やかな、優し
い人に違いない。アル、と呼んでいるのはわかったのだが、その名前を呼ぶ時の声音の柔らかさときたら、こちらが
いたたまれなくなる。

「アルはその黄色のやつ食べてたな。結構うまかった」
「大佐の恋人さんが選んでくださったんですから、きっとどの味もおいしいに決まってますよ。でもじゃあ、まずはこの
黄色から食べてみようかな」
そういうと、大佐は面白いほど照れて顔を赤くした。だよなあ、とかもごもごもごもご。




・・・・なるほど、憎めない人である。







「結婚式には呼んでくださいね」
「は?式なんか挙げねえよ」
「挙げないんですか?それは意外ですね」
「愛なんか誓わなくても溢れてくるもんなんだ。・・・お前、知らねえだろ。」













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