外で鳥がさえずる音がする。空気の静けさと、みずみずしい世界の誕生に、その光を取り込めなくてもアルフォンスは
毎朝朝をきちんと感じることができる。

ベッドから降りる。ベッドから扉までは12歩半、それは数えなくてもそろそろ体になじみつつある。

小さく伸びをする。
着替えをする前に、兄に朝食を作ろう。作っているうちにきっと起きてくる。怒られてしまうかもしれないが、ぼんやりと
ベッドの上で時間を過ごすにはこの朝はもったいない。



――レタスがあったな。昨日グローサリーで兄が見つけて買ってきてくれた。
野菜室に、入っているだろうか。


レタスの触感を思い出そうとする。冷蔵庫の野菜室を手探りで探して、何とか見つけ出した。
レタスを洗おうと蛇口に伸ばした手を、包まれる。


背中に兄の気配が触れた。




「兄さん。起きてたの。」
「危ないだろ。料理は俺がするっていったのに。」
寝起きの体温で何をいうんだ。とアルフォンスは思う。
「おはよう」
「ん。・・・・。」
手で包んでいたレタスを取り上げられた。あ、と小さな批難の声を上げたら何故か強く抱きしめられる。


「今日は、何か変わりないか?」
「変わりないよ。好調だよ」
「じゃあ、少しは・・・?」
「ううん、目は相変わらず全然・・・」
そっか、とこぼした声には明らかに落胆の声音が含まれていた。
また徹夜をしたんだろうな、とアルフォンスは心の中で溜息をつく。





もう、「大丈夫」だと告げたはずなのに







鎧から人の体に魂を戻す、人体錬成には成功したはずだった。
体のどこにも欠損は無い。肉体も、精神の年齢のまま、問題なく「戻って」来たはずだった。




だが、弟は両方の視力をなくしてしまっていた。


そのことを告げられ、目の前を真っ白にした兄の手を、弟は必死に取ってくれた。
錬成後のショックで熱を出して息を荒くしてそれでも、アルフォンスはベッド際に置かれた兄の手を探り当て、強く握っ
てくれた。
見えない瞳をさまよわせて兄を見つめていた。




そうして「今までたくさんのものを見てきたから」と、微笑んだ。







――――大丈夫だよ

















頬をアルフォンスの髪の毛に擦り合わせるようにしてから息を吸い込む兄の気配を感じて、我に帰る。
体が戻ってきてから、エドワードはこうして触れることによってアルフォンスの存在を確認しようとしている。

先週会った猫のようだ。とアルフォンスは面白くなって少し笑った。
その笑いに答えるように、お前さあ、と不満げな声が背後からかけられる。
「さっきナイフに触れるところだった。危ないから、向こう行って座ってろ。」
「気付かなかった。ありがとう。じゃあ、レタスをむくよ。」
「いいよ、何もしなくて。昨日拾ってきた猫でも構ってろ。」
「・・・・・・。」
少し顎を上げれば、エドワードと視線が合うはずだ。
目は見えないけれど、少し顎を上げてエドワードを見つめるようなしぐさをした。
多分兄は今、苦虫をかみつぶしたような表情をしているに違いない。



「なんにもできないじゃないか。」
「なんにもしなくていいって。」
むっとした顔をすると、エドワードはほほ笑んだようだった。慈しむような手つきで頭をなでられる。



「ボクは子どもじゃない」
「オレがやりたいんだよ。頼むから、あっちいっててくれ。な。」
「・・・わかった。」
手に持っていたレタスを置いて、アルフォンスが目を伏せる。
エドワードは目を離せずに、それをじっと見つめた。
先ほどから鼻先で、アルフォンスの薫が動いている。アルフォンスの体温を感じている。


「頼むな。」
「・・・うん。」



踵を返してリビングに向かうアルフォンスを見つめた。






包み持っていたような大切な体温が離れると、その後には恐ろしいほどの孤独が残る。
そうして恐ろしいほどの支配欲に、またかられ出す。




食後にコーヒーを出すと、アルフォンスは驚いたような嬉しそうな顔で「ありがとう」と言った。
そして膝の上でくつろぐ猫に軽く話しかける。
エドワードは自分もソファに座りながら、言葉も発せずにアルフォンスを見つめた。

目が離せなかった。


少し顔を傾けたアルフォンスの、表情には不快さや屈託はまったく感じない。
けれど伏せたままの瞳に、何も映されてもいない。

鎧だったころ、アルフォンスの表情を思い出した。
呼吸を忘れる、アルフォンスの、伏せられた目をじっと見つめた。
掌の猫にじゃれられて、時々目を細めてほほ笑む。
口元がほころぶ。何かを猫に語りかけている。


じっと見つめていると気付かれてしまう。存在が近い兄弟だから、すぐに伝わってしまう。



指を組んで、うつむいた。



―――アル



心の中でその名前を呼んだ。

渇望するように、切望するように。

――――好きだ



もしもこの警戒心のないからだを引きよせて抵抗が出来ないくらいに強く抱きしめたら。
細い手首を捕まえて動きを封じてしまったら。
二人で組手をやっていた時とは違う、あの時の体力

もうこの弟には、無い



冷たい汗が、背中から流れおちた。
ごくり、と自分が唾を飲み下す音がやけに響いた気がする。






*****





なんじゃあこれは・・・

また続くかもしれないし、続かないかもしれない。

多分続きます。

にしてもムラムラきてるタイトルだな。




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