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「ある先生!こんにちは!」
「あ?」
シーツから出てきた見たことのない顔に硬直した。ある先生より長い金髪、だけどおんなじ金色の瞳。年は離れてい
るようだけど、もしかして・・・もしかして
「ある先生のお兄さんですか!?」
「ん?・・・うん。」
きょとんとして、こっくりとうなずいた。私の勢いに完全に面喰っているようだ。
「はじめまして、私、サラといいます。いつもうちのナナが先生にお世話になっています。・・・あの」
「ああ、ナナって、あのブチの」
「はい!そう。」
ナナは私の飼いネコだ。ブチ猫でお世辞にもきれいとは言い難いけれど、以前お腹を壊して以来ある先生にお世話
になっている。顔を見たこともないお兄さんが知っているのは、ちょっとだけ嬉しい。
二人で話したりしているんだ。
「で?」
「あ、で・・・今日、ある先生とナナのことについてお話しする約束を、していたんですけど・・・」
どぎまぎしながら見上げると、お兄さんはちょっと眼をくるくるさせて私を見返した。多分この人も童顔なのだと思う。
年齢がわからないからそれも察しようがないのだけれど、顔立ちの割に物腰はひどく落ち着いているのだ。
「あ。あーーー・・・」
思い当たることがあった、とでも言うように頭を掻いて気まずそうな表情をした。何かを思い出すように家の二階を振り
返ってちらりと視線をめぐらす。
「わりい、アルはちょっと疲れて寝てるから・・・」
「そうなんですね・・・」
先生が疲れてるならしょうがないですね、そう言おうとしたら
「ちょっと待ってろ」とお兄さんは踵を返した。
「いいです、また来ます」
「いや、約束があるとか言ってたんだ、そう言えば。お前が帰ったら俺がどつかれる。」
通されたリビングはもうコーヒー豆が轢かれていて、朝食の用意を整えているようだった。南向きの窓が開け放たれ
て、さわやかな黄緑のカーテンが風にはためいている。私は少し目を閉じた。動かずにいると、ある先生とお兄さんが 話す気配がほんの少しだけした。
しばらくしてお兄さんが降りてくる。私をみつけると気まずそうにはにかんだ。なんだか嬉しそう。
「すぐくるから」
「せっかくの休日に、すみません」
「いや・・・」
そこまで言って、今しがた降りてきた、二階へと続く階段に振り返った。ほどなくばたばたと少し慌ただしい音がして、
普段は見られないような寝癖のある先生が気まずそうに降りてきた。今まさに寝起きって言うかんじ。
ちょっと顔をしかめてお兄さんをちらりと睨んだから、私もお兄さんを見た。お兄さんはにやにや、にやけて嬉しそう。さ
っきとは表情が全然違う。よっぽどブラコンのお兄さんみたい。
二人は視線を合わせると、視線だけで何か会話をしたようだった。気を取り直したようにある先生は短く息をついて私
に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「本当にごめん、サラ。寝坊してしまって・・・」
つい笑ってしまった。ある先生のこんな顔を見るのは初めてだわ。
「こちらこそ、ごめんなさい。せっかくの休日なのに・・・あれ」
「ん?」
ラフなブイネックのセーターを着て、リビングのソファに座る先生をじっと見つめる。鎖骨の辺りを指差して、ある先生に
笑いかけた。
「先生、噛まれてる」
「ゑ・・・・ッ!!?」
覗く首もとを慌てて隠して、先生はみるみる真っ赤になった。私はまた可笑しくなって笑った。
「先生を噛む動物なんかいるんだ。じゃれてたの?」
「えーと・・・着替えてこようかな」
「いいだろ、そのままで」
吹き出しそうなのを必死でこらえているという顔で、お兄さんがある先生にコーヒーを差し出した。私にはちゃんと紅茶
を。自分も隣のソファに深く腰掛けてなんだか嬉しそうに、にこにこしながらある先生を見つめている。
ある先生のお兄さんって、明るい人なんだ。
以前お母さんが偶然見かけたときは、ぶすっとした人だとこぼしていたんだけどな。
「あー、そうそう。じゃれつかれたんだ。ちょっと手加減を知らないみたいで」
「じゃあ、アリスではないのね。あの子はすごく優しいから」
「腹減った。なんか作るな。」
不意におにいさんが立ちあがったので私はびっくりして、話をやめた。すたすたとキッチンに向かっていく姿はなんだ
か焦っているみたいで思わず口をつぐんでしまう。
何か言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。
キッチンで食事を用意する音が聞こえてくる。私とある先生はなんとなく会話を見失って、黙っていた。
今日はもう、帰ろうかな。そう思い始めたとき、
「よかったらサラも朝ごはん、一緒に食べよう」
といつものやさしい微笑みで尋ねてきてくれた。
「ありがとう、ある先生。でも私はもう食べたから、大丈夫」
にっこりとほほ笑み返す。ある先生は、そっか、といいながら頭を掻いた。
「誰か新しい犬を飼ったのかしら。この村で先生を噛むような犬、知らないけど・・・」
「ああ、うん・・・。」
ちょっと眼をくるくるさせて、先生はあいまいに微笑んだ。
「目玉焼きでいいなー?」とお兄さんが台所から。
「・・・まだちっさい犬だから。歯がかゆいんじゃないかなあ。」
はは、と笑ったある先生の背後にあるキッチンから、がっしゃん、と荒い物音がした。
あれ?兄さんだいじょうぶ?と変に棒読みなある先生。
今日はいつもと違うけれど、多分これがある先生の本当の顔なんだ。なんだかとっても新鮮で嬉しい。
「先生は、そんなに犬が好きなのに、犬を飼わないの?」
そういうと、アル先生はふっと笑って、
「うちには大きいのがいるからなあ」
と言った。
そう言った先生は男の人なのにすごく奇麗で、今までに見たこともないような美しくて、何かを慈しむような深い笑顔
になった。
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