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「兄さん。」
呼んだ。同学年の友人と比べるとやはり比較的小さい背中が、まだ寒々しい校庭の、桜の下に立っている。
「兄さん」
もう一度、呼んだ。
エドワードは呼びかけに気づいているらしい、やっと頭だけ振り返って、じっとこちらを見ている。
何か、拗ねてる?
アルフォンスが手を振るのに、桜の下から動かないエドワードに近づいた。
兄の感情の動きは常にわかりやすいようにできている
走って兄に追いつくと、取りに行ったはずの桜はどこにもなく、咲き誇る桜を見ているわけでも無いようだ。
ひときわ大きな桜の木の下に、エドワードはいた。隣に立ってから、見事なたわわに咲く桜を見上げる。振り落ちてく
る花弁は雨のようで手をかざして笑んだ。
「きれいだね」
エドワードは答えない。背中をこちらを向けたまま、心持うつむいている背中がなんだか怒っている。
「ハボックさんがお茶を飲みに来てるよ。兄さんも呼んで三人で飲もうと思って。桜は?」
「・・・さあ。」
「さあ、って・・・」
話しかけるなと、物語っているうつむいた横顔を見て、兄が傷ついていることを感じ取る。
だが、なぜだかがつかめない。
もどかしい。
4年間、意識を失っていて、その間全く話もしなかったはずなのに、兄と自分はどこか言葉以外のものでつながってい
るという感じがする。
それは血のつながりのためか、あるいは単に、自分たち兄弟の表情がわかりやすいだけなのか。
なのに、兄は感情を塞ぐと、視界を遮られてしまったかのようにアルフォンスにはなんにもわからなくなってしまうとき
がある。
そんなときはひどくもどかしいし、心細い。
お前は全然関係ないだろうと、突きつけられているような感じがする。
すべてをわかりたいなんて、思っているわけじゃない、ただ時々お前にだけは分かって欲しくないんだと主張する表
情をする時が、エドワードにはある。
「最近。兄さん変だよ」
「・・・」
「何かあったの」
エドワードが振り向いた。表情の暗さと悲痛さに驚く。言葉を失って、真正面から見つめ返した。
「・・・お前は・・・」
「・・・ん?」
首を傾げたら、兄の手が目の少し上のあたりに触れてきた。先ほどのたんこぶを見つけられたかと思ったらそうでは
なく、こめかみを伝って、頬に落ちてくる掌。
頬の傷に触れる。兄の表情はひどく真剣で、苦しそうですらあって、思わずじっと見つめてしまった。桜の花びらが落
ちる。
「付いてる」
「え」
視界が陰った。瞬きもできないような一瞬で一面が金色になって、柔らかな感触が唇に触れたそれでやっと、アルフ
ォンスは瞬きをした。
「に」
背中をぐっと引き寄せられる。両手で肩を押さえて突っぱねようとしたのに、エドワードはびくともしなかった。
「に、さ・・・」
ぎゅっと目をつぶる。温かい唇の感触が生々しい。
密着している二人の頬に、桜が掠めて落ちていく。混乱の中で目を懸命に開いたら、必死に見つめ返してくる厳しい
表情の金色の目と視線がぶつかった。
その視線から、強い感情が流れ込んでくる。
多分、これは兄のものなんだと思ったとたんに怖くなった。
おまえがすきなんだ
と、触れた唇が、背中をとらえる力強い腕が、時折零れる息が、兄の全部が、伝えてくる。
「・・・っ」
息を荒くして足を一歩、大きく引きながらエドワードを引き離した。口を拭うことすら忘れて、体を放してすら、弟から目
を離さない兄を見つめ返す。
一直線な視線は怖いほどだ。何か言った方がいいことは分かっていて、でも何を言えばいいのかわからなく戸惑って
いると、エドワードが先に口を開いた
「アル、」
ああ、その先の言葉を聞きたくない。
アルフォンスは、ついに兄に背中を向けた。
強い風が吹いて、足もとが捕らわれる錯覚を覚えた。大股に校庭を横切る。
春は来たはずなのに、桜をふるい落とす風はまだ冷たく容赦がない。
軽く眼を閉じる。
春が来たのだと信じて疑わずに咲き誇った桜が、風に撃ち落とされる、そんな残像が何故か、アルフォンスの胸に残
った。
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