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茶をたてる手が踊る。
今日みたいに気分のいい日は浮かんでくる笑みを止めることができなくて、でも気持ちは随分と澄んでいる。
手元はちゃんと茶筅に集中しているのに、畳の目や、中庭の雀たちのさえずりを感じることができる。
軽やかな茶筅の音、アルフォンスは手を止めずに、目を少しだけ閉じた。
遠くから、廊下を歩く上履きの音。
兄のものではないと、すぐにわかった。感覚がひどく研ぎ澄まされている。
「アルー来たぞ」
無遠慮な声に、アルフォンスは笑った。
テスト期間中の今は、学校に居残る生徒は比較的少ない。おそらく残って勉強していたのだろう、意外な努力家だか
らなあ、と、そこまで考えて、茶筅を器から引いて、置いた。
「よかった。いたな。」
ふすまから、顔をのぞかせたのはハボックだった。制服の前を開けて着崩している。短い髪の毛をがじがじと掻きな
がらアルフォンスのそばにきて、テキストをばらばらと広げた。
「わりいな、今、よかったか。」
「いいですよ」
眼を丸くして微笑んでみせる。
いいも何も、もう問題を指してアルフォンスに示して、尋ねる準備をしてしまっている。
化学は苦手以外の何物でもないと苦い顔をしながら、ハボックが話しかけてきたのが昨日。
アル、得意か?と聞かれたから、得意かどうかはわからないですが好きですよ、というとじゃあ教えてくれという切り
返し。
今日はほぼ一日茶室に詰めている。ハボックは教室で勉強をしていて、わからないところがあれば茶室にやって来
る。茶室の匂いで、気持ちをリフレッシュするのがいいらしい。
とはいいつつ、10分置きに尋ねてくる。
一通り解法を教えたら、飲み込みは簡単なのだ、頭は悪い方ではない。
「ああ、その考え方がちょっとできなかったか。」
「数学は得意なんですから、すぐにできるようになりますよ」
そういったら、ハボックはにっといたずらっぽく笑って足を崩して派手にくつろいだ。
「ああ、疲れた。今日の勉強終わり」
お茶飲みますか、と言ったら嬉しそうにハボックがうなずく。
「あれ、今日エドワードは?」
「今、桜の枝を折りに行ってますよ、今日活けるらしいです。」
「それはまた、風流だな」
いうなり、足を崩してくつろぎだすハボックに、アルフォンスは笑った。
「アルはやっぱ頭いいなあ。教え方も分かりやすいし」
「ハボックさんの飲み込みがいいんですよ」
先ほど立てかけていた茶を捨てて、新しい湯を沸かす。茶がまをかけたら中庭に雀が降り立って、アルフォンスとハ
ボックは同時に窓を見た。
「ここはのどかだなあ。テストなんか嘘みたいだ」
「だから好きなんですよ、ボクも」
新しい器を取ろうとして、先ほど使っていた器に手が当たった。器が傾ぐ。
「・・・あっ」
同時に反応して、二人の体が動いた。
茶がまがしゅんしゅんと沸騰している。
顔がぐんと近づいて――――
額がぶつかった。
ごつっ、という大きな音がする。
感じたいことのないような痛みに、視界がはじけたような感覚がして、畳に手をついた
「いっ・・・て・・・」
「いた・・・」
お互い、額を抑えて目を見合わせる。雀がぱたた、と飛び立っていった気配がして、同時に噴き出した。
「わりー。ぶつかったな。いてて・・・俺頭固いからな。大丈夫か?」
アルフォンスはおかしくてたまらないらしい。しばらく畳に手をついて笑っている。
救おうとした器は二人の努力空しくころろ、と音を立てて畳の上を転がった。
「そんな笑うことでもないだろ。あーいて。お前も結構頭かてえな」
額に、大きな手が触れてくる。「わーたんこぶできてら。」
ふわりと触れてくる手。さらりとしたしっかりした感触に、今度は穏やかに、苦笑した。
「平気ですよ。ハボックさんは大丈夫ですか」
オレはいいけど。と、ハボックも苦笑した。
「またにーちゃんに怒られちまうな。今度は頭突きされるかな」
本気で心配しているらしい表情が可笑しい、ふっ、と噴き出してしまう。
「そういえば、兄さん・・遅いな」
「校庭に行ってるんだろ?」
「はい、学校の桜だから許可をとらなくちゃいけないって、それで時間がかかるとは言ってたんですけど」
どうせなら、みんなで飲んだ方がおいしいですよね、そう言って、アルフォンスは立ち上がった。
「ちょっと探してきます」
「おう、じゃあまあ、のんびり待たせて貰うな」
「すみません」
軽く笑った。
戸を閉める時にちょっと振り返ると、ハボックはもう横になって両手に頭を載せて眼を閉じている。
気持ちのいいくらい、遠慮を手放したしぐさというのはときおりひどく居心地がいい。
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中途半端なのは「桜」につづくからです・・・
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