魔女の一撃










その日、いつものごとく軍部司令室にあらわれた、いつものごとく小さな錬金術師は、いつもと違って蒼白だった。
顔に血の気がない。それなりに心配する上司をよそに、エドワードエルリックはただただ、上司の仕事をせかした。
いわく。
「早く帰らなくちゃなんねええんだ!!!さっさと仕事しろ、無能!」
いくらなんでも横暴すぎはしないかね、と上司である無能はむしろ当てつけがましく緩慢に仕事をこなし、足踏みする
小さな国家錬金術師は、頭から湯気でも出さんばかりの勢いである。

「どうしたのかね、何があったんだ。いったい。」
あまりに小さな少年がばたばたばたばた足踏みをするものだから、昔流行ったおもちゃのようだと、マスタングは思わ
ず笑った。それが見事にエドワードの癇に障ったらしい。
「ざっけんな!お前は早く仕事を済ませればいいんだよっ。ホテルでアルが・・・」
バタン、と豆の癇癪と同時にドアが大きく開かれて、癇癪は一時中断。

「エドワード君、アルフォンス君が探してたわよ」

髪をほとんど完璧に上げた美人補佐官がにっこりとほほ笑んで、部屋に入ってきた。
エドワードは、しばし硬直して
「中尉、アルと話した?」
などと聞いてくる。心持緊張した雰囲気に、美人補佐官は首をかしげた。
「ええ。」
「・・・あいつ、ちょっと変じゃなかった?」
「変って?」
「その、しゃべり方がおかしいとか・・・」
ホークアイ中尉は、もともと大きな目をほんの少し開いて、ああ、という表情をした。
「そういえば、珍しく何度か噛んでたわね。まるで・・・」

部屋の扉が、ばたんと明るく開かれた。不思議なもので、開ける人物によってこの扉、少しづつ音が違うのである。
「にッさん!」
明るく開くのは小さな兄の大きな弟、アルフォンス・エルリック。

「アル!お前ホテルでじっとしてろっていただろ。」
「そうだけどッ、でも今日はやッくそくがあるだろ。」

うん、噛んでいる。と、焔の錬金術師は仕事机からうなずいた。
舌がないからなのか、ひごろ驚くほど滑舌の良い鎧にしては大変珍しく、見事に噛んでいる。
一定のリズムで、噛んでいる。

「鋼の。普通の鎧には横隔膜は付属してないぞ」
さらりと告げると、弟を振り返っていた赤いコートはびくりと刎ねて、それっきり、背中を上司に向けたまま動きをぴたり
と止めた。
「やっぱりッ、しゃっくりですッかね、これ」
「しゃっくりだな。」
「やっぱりしゃっくりなのかしら。」

ぶるぶるぶる、視界の端で何かがバイブしていると思ったらどうやら鋼の錬金術師である。
「ふざ、ふざ、ふっざけんなーーっ!!!!!
おま、おまお前ら!アルがしゃっくりしてんだぞ。しゃっくりだぞ、しゃっくりということはだな、おう、おう横隔膜の痙攣
だぞ!鎧は普通、しゃしゃっくりなんてしないし、できねえ! ! !」
しゃっくりする弟も驚きの見事な噛みっぷり。だいぶ深刻に追い詰められている。
「それもそうだな」
黒髪の上司はこっくりとうなずいた。
鎧はしゃっくりしないな。痙攣すべき横隔膜がないものな。

「まあまッ、兄さん・・・ッ・・・。鎧はそもそッも、しゃべらないからねッ。」
「アル!!そんな悠長なこと言って、なんかあったらどうすんだっっっ」
顔が存在が悲愴さを帯びてきた兄を、弟は必死に宥めている。しゃっくりするはずもないのにしゃっくりしている張本
人はのんきなもので、興奮しきった兄の肩をぽんぽんぽんぽん、叩いている。

さてどうやってフォローをしようか。黙ってそのさまを見ていた上司はぽん、と古典的に手を打ち鳴らす。
「そうか、鎧に横隔膜は無いと思っていたが。痙攣するものはあったらしい。」
「そんなもん、ねえ!」
「そんな、今にも泣きそうな声を出されてもだな・・・」
「アルフォンス君、水を一気飲みしてみたらどうかしら?」
「・・・ッ・・・・はあ。」
中尉のボケっぷりもまあ、悲惨なものである。赤赤としたコートを揺らめかせて、兄は鎧の兜に手をかけた。
「アルっ、朝もみたけど、もいっぺん血印みせてみろ!無能は無能だがもしかしたら多少使えるかもしれねえ。」
いくらなんでもコケにしすぎだぞ。
さすがに手袋をはめようとしたがやめにする。
最愛の弟の異変である。人生の一大事である。小さな男の些細な発言は(たとえ本心で放っていたとしても)今は非
常事態。大人として、目をつぶろう。
「それはいつからなのかね」
「ええと・・ッ・・・けッさからですね。さんッぽから帰ったらもう、こんなかんッじで。」
「じゃあ何か思い当たる節があるはずだろう。君は眠れないんだからね」
「・・・・・・ッ・・・・・・ッ。」
沈黙が既に沈黙ではないのだが、鎧が黙り込む。部屋の中に、鎧の兜がしゃっくりで揺れて、細かくこすれる音が細
かく響いた。
「アル・・?お前、俺にうそついたか?」
「・・・・・ッ。にいさん・・・・ッ。・・・・実は今朝ッ、うりぼうをひろったッんです。」
「「「うりぼう。」」」
「イノシシのあかちゃッんです。」
「それはわかるが」
「雨に濡れたうりぼッうが、民家からとつぜんッ、出てきたんです。寒そッだったから体のなッかにいれてッあげたんで
すけどそのイノシシが、ボクの中でッすごッく暴れて、鎧がはげしッく揺れて・・・ッ」
ひっく、ともうひとつしゃっくりをして、鎧はいつもより一層愛らしく、首をかしげた。

「・・・ッそれくらいしか、おもいッあたることが」
「そのくそいのししを、いますぐここに、つれてこーーーーいいいい!!!!!!」

ばーん、と机の砕ける音が。

おいおい、今しがた、やっと書類が片付いたところなのに。

そろそろ乾いてきた笑いをこぼしながら、部屋の主は手袋をはめて、
「アルフォンス君、一晩寝て起きたら、案外治るかもしれないわよ」と、その副官は目を細めた。












ぜ・・・ぜんぜんだめでした・・・すみません・・・お前が魔女に一撃やられちまえよって感じですみません・・・
いやああ・・・。(涙)
とりあえず、「そんなもん、ねえ!」と言った兄さんは「お前に出すタンタンメンは、ねえ!」っていう感じの発音です。