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「ココア入れたから、一緒に飲もう。」
部屋に入ってきた兄の顔はちょっとランプの光で曇って見えにくい。
むう、と唇を尖らして兄を見上げるとそれだけで、兄はにへらと笑った。
「くまたん」のパジャマはいまだアルフォンスに着せられたままである。哀しいほど予測通りに、エドワードはアルフォ
ンスを一日抱きかかえて動き回ったから、アルフォンスはさすがにちょっと辟易して部屋に本を持ってこもっていた。
そうしたら、やっぱり間もなくエドワードがココアを餌に、二階に上がってきたのだ。アルフォンスの本を繰る手が一項
も進んでいないほど素早く。
ココアなんかで釣られるもんか。
そう思って眼を伏せたけれど、強引な釣り師には無駄な抵抗らしい。
容易に抱えあげられた。
「すねるなよ。たまにはこういう日もいいだろ」
目の前で、アルフォンスを抱えあげながら首を傾げたエドワードがあんまり優しい顔をしていたから、そうしてそれが
少しさびしそうだったから、クマの着ぐるみを揺らして、しょうがないなあ、とアルフォンスはゆっくりと小さくうなずいた。
ココアはエドワードの部屋にあった。すでに暖房が入れられて十分温かい部屋は、あまいカカオの匂いで充満してい
る。
「んしょ」
膝の上に、向かい合うようにちょこんと乗せられる。エドワードは「弟にべたべたしたいモード」になると、アルフォンス
を膝の上に乗せたがる。乗せられる弟はもう慣れているから抵抗すらしない。しぶしぶながら膝の上で居住まいをた だした。
「兄さんは、ボクのことをぬいぐるみか何かと勘違いしてるんだ。」
「んー?」
返事がもう甘い。肯定も否定もせず、エドワードはいつものように弟の額に軽く唇をあててご満悦である。
ほれ、と差し出されたマグカップを、膝の上に乗ったまま両手で包むように持つ。
湯気放つ、カカオの香り。
机の上のランプに照らされたココアは鈍く深い、温かい色を放っている。
「・・・おいしそう」
「熱いから。気をつけろよ」
言われるがままに、ふうふうとカップに息を吹きかけたらエドワードが笑む気配がして、耳のついたパーカーを、そっと
よけるように撫でられた。
慈しまれているんだ、と痛いほど感じる。胸が少し痛い。
アルフォンスはたまらなくなって、ごめんね、と小さくつぶやいた。
「何が?」
すべてをわかったような顔をして、兄はアルフォンスの、パジャマを着たふかふかの背中をなでている。ココアの湯気
が当たる頬にも、撫でているのか輪郭をたどっているのかわからないほどの柔らかさで触れてくる。
「心配させて、ごめんね」
目の前のエドワードの瞳が細められた。ランプの光が優しげに細められた瞳の中できらきら反射する。アルフォンスは
それをじっと見つめてから、両手でつつんだマグカップを、さますためにまた何度か息を吹きかけてから、こくりと飲ん だ。
甘いカカオの香りとまろやかな風味が口の中に広がる。
「ちょっと、お酒が入ってる?」
「ああ、寝つけにな。」
エドワードの右手が、アルフォンスの額に触れた。以前、暗闇で殴られてあざを作った箇所。
こめかみの上をたどって、耳にそっと触れてくる。鉄の温度が、じわりと耳の裏側に伝わってきた。
「ふ」
「なに?」
「アルタンにひげが生えてる。」
そう言って、へらりと笑った顔が簡単に近づいて、アルフォンスの小さな上唇をなめる。上唇に付いていたココアをぺ
ろりと舌ですくい取って、「あまい」と零した。
そのエドワードの呼吸さえ、アルフォンスの唇にかかる。。
エドワードの顔が離れたら、なぜだかアルフォンスの心がほんの少し、焦れた。もう少し近づいてほしい。
そう思いながら、またカップに口をつける。
兄は何かを汲み取ったのか、また額に触れてきた。親指の腹で、何度か、眉毛のあたりをなでている。
ちらりと視線をあげると、驚くほど心細そうなエドワードの顔が目に入る。思わずカップから顔を離して兄を見上げた。
「兄さん?」
「・・・ん?」
カップから、片方だけ手を離す。ココアの温度で暖まった掌を、温度を分け与えるようにエドワードの頬にあてた。
どうしてそんなに苦しそうな顔をしているの。
それは聞かずに、伸びあがって顔を近づける。抱き抱えられた腕に力がこもって体が密着する。
兄の唇に軽く唇をあてた。エドワードの頬にあてた手を、肩にまわすと、エドワードの手が、アルフォンスの持つココア
のカップを受けとってテーブルに置いた。
静かな部屋に、コトリというカップの置かれる澄んだ音と、鈍い水音が響く。
「んっ・・・」
やっと顔を離したら、エドワードの顔がもうほとんど泣いていた。いたたまれなくなって、ついに聞いた。
「どうしたの、兄さん。」
「なんでもない」
それでも顔をまじまじと覗き込んでくるエドワードの顔は確かにいつもと違うのだ。視線が一瞬たりとも離れずにアル
フォンスだけを見つめてくる。
「兄さん」
肩に腕を目いっぱい回して、アルフォンスはエドワードを抱きしめた。
「ん?」
エドワードも腕を回してくる。つぶさないように、けれどしっかりと、アルフォンスの体重全部を支えてくれる。
「兄さん」
もう一度呼んで、頭を首筋に擦りつけた。
「うん、アル?」
「大好きだよ」
そう呟いたら、もう返事は帰ってこなかった。ただ腕の力がぎゅっと強くなって、もう離してはくれそうに無いな、とぼん
やり考えた。
だけどそれも、別にかまわないのだけれど。
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