よっぱらい







軍部に査定に行ったまま宿になかなか帰ってこないエドワードをさんざん心配して、駅にまで足を運んだりうろうろし
た挙句、やっと帰ってきたと思ったら、これだ。
煙草を口に加えた仲良しの少尉が扉の前で、見慣れた赤いコートを背負って苦笑している。
「わりいな、あんまり大将ががぶがぶ飲むもんで、調子乗って飲ましちまった」


兄を引き受けると、少尉はわりいな、とこぼしたあと
「どうやら大将もいろいろ大変みたいだな」
とぽつりとつぶやいた。
「え?」と首を上げると、「いや、アルが知る必要はないんじゃないかなあ、ははは」とか言いつつ、そっと去っていく。
エドワードを運んでくれた礼を述べると、掌をぺらりと振って帰ってしまった。
エドワードはアルフォンスに支えられて、へちゃりと力ない様子。

まったく。

腰に手を当てて仁王立ちで、ぐったりしたままの兄を見降ろした。

いろいろ大変、ってなんだよ。

本当に大変なことになるまで、誰よりも弟にだけは隠し通そうとする兄である。
13年も、そんな兄の弟をやっているのだから溜息もつきたくなるというものだ。
本当に大切なことは隠し通し、抱え込み通し。

エドワードを小脇に抱えるようにして、ベッドに運ぼうとすると、眼を覚ましたらしいエドワードが呂律のまわらないこえ
で、大きな鎧を発見するや嬉しそうに「ただいまあ、ある。」と言った。
「兄さん・・・」
あんまり陽気な兄の態度に呆れて腹も立たない。息を吐けないから溜息なんかつけないのだけれど、ちょっと兜を揺
らしてはあ、とため息のまねごとをしてみた。

それがまずかったらしい。

それをじっと見ていたエドワードが、ベッドにどさりと落とされながら胡坐をかいた。
「ある。」
「何?」
「・・・あるふぉんす。ちょっとそこに、すわりなさい。にいちゃんはお前にはなしが、ある。」
と、急に真剣な顔で話し始めたのである。

眼が据わっている。
ベッドに胡坐をかく兄は、上半身もふらふらに、びっと指を突き出して床を示した。
酔いに任せてでも、「大変なこと」とやらを聞かせてくれるのだろうか。
とりあえず、従順な弟はベッドの目の前に座ってみた。なんとなく、正座で。ベッドの上の兄と視線を合わせるため、
という意図もあるのだが。
兄はけほっ、と酒臭い咳をして、重々しく話し始めた。

「おまえはな、もう少し、節度というものをわきまえなさい。」

「・・・・・は?」
「こうきょうの場でぇ、いろけをむやみにまきちらかすなって、いってんだ。」

誰か、人違いをしているようである。これは、弟なんかが聞いてしまっては大変なことになるかもしれない。
「兄さん・・・飲みすぎ。今日はもう寝なよ」
「おま、えっ・・・!ちゃんと聞いてないらろっ」
「聞いてないよ、もう。誰に言ってるのさ」
「おまえだっ、おまえ・・・!ぉれの弟・・・アルフォンス・エルリッ・・・ク!!」
最後の「ク」がシャックリになった。
弟は黙った。

酔っぱらいは、もはや酔っ払いでしかないのかもしれない。

つまりは兄であるはずだけれども酔っ払ってしまえば単なる酔っ払いでしかなく、酔っ払いというのは論理の思考回
路も呂律も回らなくなるものであり、この目の前にいるエドワードエルリックが酔っ払った人というのは・・・・
 
と、弟も現実を見なくなっている。
その間も酔っ払いはしゃくりあげながら話を続行している。

「いいか、アル。服をきなさい、ふくを。あ・・・でも・・・なんだっけ・・・あのっほら、包丁持ってた奴が着てたみたいな片
胸はだけたやつは、却下だぞ、だいきゃっっか。食われる襲われるさらわれる。視線でっ・・・犯される!」
「・・・・・・・・・・・・・・ボク、鎧ですけど」
「わかった・・・とりあえず、自分の魅力についてじかくを持て。まずはそれからだな・・・ったく・・・嘆かわしい」

うぅ・・・とうなってうなだれてしまった。
水を持ってくるべきか、だけどできれば放置してしまいたい、この酔っ払いを。

とりあえずは、水を持ってきてみよう。というより、距離を置こう。
かしゃん、と立ち上がるために片膝を立たら、うなだれた酔っ払いの目がぎらりと光る。立てた片膝のせいで、露わに
なった鎧の太ももを、勢いよく指さした。
「ほらそれ!それだよそういうところ・・!」

兜をがっとすごい勢いで両手で挟まれた。わ、取れる・・・!という言葉はもちろん無視である。
エドワードはまじまじと鎧の顔を見つめて唇をかんだ。うーーーと唸っている。おれの弟のくせになんでそんなかわい
いんだ、という言葉は空耳か勘違いということで流しておく。
「おまえはわかってない!!自分がどれだけ色っぽいのか、セクシーなのか男をまど、わすの、か!!だからにいち
ゃんがあんなゆめみちまうんだあ!!」


ちゅ、っという不思議な音がしたのでアルフォンスは慌てた。
いやな、いやな予感がする・・・!!

「兄さん!?今何したんだよっ!」
「早くからだ、とりもどそうなあ。・・・あるー」

べったりとくっついてきた体を、べり、っと音がするような勢いでひきはがすと、つりさげられた体制のままひどい三白
眼で兄が睨んできた。両脇で抱えているから、ジタバタしてアルフォンスにくっつこうとする。
「兄さん、寝なよ。」
「・・・まあ、落ち着けアル。とりあえず、すわれ」
「座ってるよ。」

そっか、ときょとんとした顔をしてから、ぐしゃりと表情が崩れた。肩がぶるぶる震えて、はじけたように笑いだす

「そうか。そうかそうかーーーアルはすわってるかあ」
笑いが出てきて止まらなくなったらしい。腹を抱えてぐらぐらぐらぐら、今にもベッドから落っこちそうだ。

あるはすわってるかあ、そうかああ、はははははっははは。すわって。はは、ははは、はあ・・・・。

両脇を抱えられた姿勢で、エドワードの頭がぐったり垂れたから、アルフォンスはエドワードを放した。日頃小さい兄は
もっと小さくなってぺしゃりと床に座り込む。
このまま眠るかなと思ったがエドワードは目を開けて起きていた。

じっ、と一点を見つめて動かない。落ちてくる瞼を無理やり開くようにひどく顔をしかめた末に、エドワードはそっとアル
フォンスの前掛けを握って、少しだけ上げた。

首をかしげて盗み見るように覗く。

「えろい」


「・・・にっ・・・!!!」

ごわああん、という鈍い音が狭い部屋に響く。革の拳で、人の頭を殴ったのにこんな音が出るはずがない!などと考
えている間に目の前の酔っ払いがぐらりと傾いだ。とりあえず、倒れるままに放置。

すごい、感覚はないはずなのに、寒気というものに本当に久しぶりに襲われたよ。
もしかして、兄さんはそれを狙ってたのかな。
「感覚のない弟に少しでも生の感覚を」?

これがただの前衛思考か現実逃避か。
それはアルフォンス自身にもわからないし、知りたくもない。










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