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シナモンの粉を振りかけて、軽く息を吐き出した。
鼻の先に香ばしい香り、目の前に鎮座するのは見事に焼きあがったアップルパイ直径21センチ、ほくほくと湯気を上
げて、切り分けられるのを待っている。
「ただのレシピだったのか・・・」
呟いて溜息をもう一度ついた。
2時間もかけて腕によりをかけて作ってしまった。レシピに忠実に作られたアップルパイは、手造りとは思えないほど
の出来である。
リビングの、大きなソファに座る兄の姿を確認した。こちらはアルフォンスがアップルパイを作っていた二時間、作り始
めにちらりと見たときから姿勢を全く変えずに、手帳を取り出しぶつぶつぶつぶつ、考え事をしている。
なんだか・・・やっぱり兄弟なのかなって感じだ。
身につけていたエプロンを外してリビングにアップルパイを運ぶ。どう考えても二人で食べるのには大きい。
「兄さん、あのアップルパイのレシピ、ただのレシピだったみたいだよ。暗号化はされてなかったみたいだ」
エドワードは、アルフォンスがリビングに入ってくるやいなや、何かを覚悟したみたいに熟読していた手帳をぱたんと
閉じた。
両膝をぱん、と叩いて、ぎらりと音を立てそうな勢いでアルフォンスを見つめてくる。
「アルフォンス」
「うん?」
「俺はお前に言いたいことがある」
「何?あ、兄さん、お湯が沸いたからちょっと待って」
「あ、うん」
キッチンに歩き、コンロの火を止めた。
「ごめん。で、何?」
温めていたカップに紅茶を注ぎながらリビングに耳を傾ける。背後でソファがぎしりと音を立てたが言葉は何も聞こえ
てこない。
紅茶をソーサーごと持って、リビングに引き返す。
兄が何も言わずにアルフォンスが腰かけるのを待っているから、こちらから話題を持ちかけた。
「このレシピ、何かありそうだったけど結局ただのアップルパイができちゃったね。実際作ってみたら何かわかるかと
思ったんだけどな。」
食べきれるかな?と首をかしげると、
全部食う。という力強い返事が返ってくる。
アルフォンスはにっこりと微笑んで、紅茶に口をつけた。にしてもずいぶんおいしそうに出来上がっている。
3年前に他界した著名な錬金術師の書斎から、このアップルパイのレシピが発見されて、エドワードの上司がもし興
味があれば、と譲ってくれた。
譲るというよりも実情は、忙しくて詳しく調査するいとまがない、暇なら手伝え、というろくでもない要請である。
料理は嫌いじゃないですと快く引き受けてみたが、アルフォンスが上司の申し出を受けたことに腹を立てたエドワード
のひどく渋い顔に、少し後悔もした。
まあ、単なる「おいしいアップルパイの作り方」だったわけだが。
今度ウィンリイにもレシピを送ってあげよう。彼女なら、うまくアレンジしてもっと美味しいアップルパイを焼けるかもしれ
ない。などとぼんやり考える。
「・・・あのな、聞いてほしいんだ。」
「ん?」
思考を現実に引き戻されて、アルフォンスは紅茶に注いでいた視線をエドワードに戻す。
なんだか顔色がおかしい兄は、差し出されたアップルパイにも紅茶にも手をつけていない。ただじっと、アルフォンス
を見つめてくる。
いざ目が合うと、紅茶に視線を落とす。
思い直したように、もう一度アルフォンスをにらむ。
それを何度か繰り返してから、エドワードは大きく、はあっと一つ息を吐いて紅茶を飲んだ。
豪快に、大きく一口。
カップから離した口ですぐさま、言葉を放とうとする。
「あのな・・・アル、俺はお前が、す」
げほっと、そこまで言ってエドワードはむせた。
紅茶がよほど気管にうまく入ったのか、しばらく激しくせき込んでいる。あんまり激しいので、アルフォンスは思わずソ
ファから立ち上がって、エドワードの丸まった背中をさすった。
一通りせき込んでから、荒い息をついた。
ごくりと喉を鳴らして深呼吸している気配が手から伝わってくる。
「兄さん大丈夫・・・?」
エドワードはそのまま顔を上げず、掌を顔に押し当てて何やらうなっている。呼吸困難なのかな、と見当違いの弟は
首をかしげて、エドワードの隣にそのまま座って反応を待つ。
「っ。・・・・・・・・もう一回、いいか」
「何が?」
「だから、さっきのセリフ。もう一回言わせてくれ」
「兄さん、口のまわり紅茶ででろでろだよ」
テーブルの上のタオルを取ろうとした手を取られた。
振り返ると、兄の視線が突き刺さる。
「アルフォンス、好きだ。お前しか見えない。俺と付き合ってくれ」
「わ、鼻水も出てる・・・・」
・・・
言葉が見事に重なって、エドワードは見るも無残に顔をしかめてうつむいた。
「おま・・・」
タオルを差し出したままの姿勢で、アルフォンスはエドワードを見つめた。
「お前、今の俺のこ・・・告白を、ちゃんと分かったか」
「え」
「すげえ考えて何度も練習したんだぞ、それをお前・・・それを・・・鼻水・・・」
顔をぐいっとぬぐって、エドワードは心持赤い眼でテーブルに視線を戻す。眉毛が垂れ下がって、膝の上に作られた
拳はぶるぶると震えている。
テーブルの上のアップルパイを見つけると、もうヤケだ、と言わんばかりにひと切れわしづかみ、大きく口に含んだ。
兄の粗食する音が部屋に響く。
やけ食いのつもりらしい、エドワードはものすごい勢いで口に次々アップルパイを放り込んでいる。
パイ生地が口の周りについてるなあ・・・。
どうでもいいことを考えながら、でもアルフォンスは兄のさっきの告白を思い出している。
このままいったらこの人、過食症になるんではなかろうか。
そう思ったらついつい笑いが出た。
「兄さん」
「ふぁ?」
振り向いた、せわしなく動く頬についたパイ生地を指でつまんで食べる。
エドワードは、頬にアルフォンスの指が触れた瞬間に硬直した。こちらにゆっくりと向いた見慣れた瞳に哀しげに浮か
んだ涙に、微笑みかけた。
口いっぱいにアップルパイを含んでまだもぐもぐと飲み込めない兄は、租借も瞬きすらも、どうやら忘れたらしい。
「はい。」
「ふぁ?」
「だから、『はい』ってば。」
「ふぁい、っへ・・・」
「うん、ボクも兄さんが好きだよ」
ぼろっと、エドワードが手に持っていたアップルパイがソファに落ちる。
あ、と言って零れたアップルパイに伸ばした手はものすごい勢いで掴まれた。
「おふぁ、ふぁんてった?」
「兄さんがなんて言ってるんだよ」
笑ったら、エドワードは顔を真っ赤にしてから、ごくりと口いっぱいのアップルパイを飲み込んでしまう。
しっかり噛んでよ、と言おうとしたけれど、そんな言葉は今届くはずがない。
頬に、エドワードの掌が触れる。アップルパイでぎとぎとだなあ、とは思ったが、それでもアルフォンスはなんとなく、
近づいてくるぎらぎらした瞳に微笑んで、そのまま眼を閉じた。
初めてのキスがアップルパイの味、といのはまた、ありきたりな話だけれど。
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