新婚さん

に!







「行ってくる」
「いってらっしゃい」
そう言ったのは確か、二時間ほど前のこと。アルフォンスは今、続いた雨で溜まってしまった洗濯物を抱き抱えて、庭
に出ようと玄関に足を向けたところだった。
玄関のドアの真ん前に、エドワードが腕を組んでふんぞり返っている。


「・・・」
「・・・」


しばしの沈黙。
帰ってくるのが早いね、というべきか何してるのこんなところで、というべきか迷いあぐねた末に、一番妥当な言葉を
探し当てて、言ってみた。

「何か忘れ物したの?」

「おう。忘れた。」
こっくりと一つ相槌。
「いってらっしゃいのキスを忘れた」

ずるりとずり落ちそうな洗濯物を抱え直す。
兄の真剣そのものな視線は、ぎらぎらとまっすぐアルフォンスを見つめてくる。

「・・・というか待ってた。」


・・・・
二時間も?こんなところで?

呆れて何も聞けずにただ首をかしげると、エドワードはまた頷いて我慢ならないとアルフォンスを引き寄せた。


兄は最近ひどく浮足立っている。どう考えても足が地に着いていない。
出勤の日もすっかり忘れているし、やたらと一緒に買い物に出かけたがる。
出かけた先で手をつなごうとしてきたから、こっそり手をつないでみたら、ほとんど一日その手を放してくれなかった。
というのもつい最近、長年の想い人である実の弟・アルフォンスが自分の思いを受け止めてくれたからだ。
ひどく単刀直入な告白はあっさり受け止められ、最初は疑り深かったエドワードも最近は警戒を解きつつある。
警戒を解かれる前からそんななのだから、解き切ってしまったらどうなるのだろう、というのがひそかな弟の悩みであ
る。

とはいうものの。


洗濯物を抱えたアルフォンスは引き寄せられるままにエドワードとの距離を詰めて、一途に鋭い瞳を見つめ返す。
ほら、といいつつ近寄ってくるエドワードは待ちくたびれたを通り越して拗ねたような顔をしている。

洗濯物ごと抱きしめられた。エドワードが抱えていた鞄が落ちる大きな音がして、思わず「わあ」とあきれたような声を
出した。
その声が途中でふさがれる。
洗濯物の一番上に抱えていた靴下が落ちる。洗い直さないととぼんやり考えていたら、集中しろとばかり顔を固定さ
れた、呼吸が閉ざされて少し苦しい。

これは・・・「いってらっしゃいのキス」ではないよなあ・・・
別にいいけど。





兄弟の日常は、ひどく規則的である。
いってらっしゃいのキスのために二時間玄関で立ち尽くし、仕事に二時間遅刻したはずのエドワードは、けれど、必ず
昼時には帰ってくる。浮ついた足取りで。

「今日、遅刻したんだろ?よかったの?」
「別に、重要な仕事なんかねえよ」
といいつつ、電話線を抜いているエドワードが視界に入る。眉をしかめながら、料理をテーブルに置いていると、「雑音
は取り払うべきだろ?」と肩をすくめたり。
そう言えば、この間は玄関のベルがいつの間にか錬金術で音が出ないようにされていたなあ、と思いだす。
思うところがあるのだろうとそのままにして置いたら、来客に気づかずにひどいめにあった。

「兄さん、仕事してるの」
「ばりばりだぞ」
だからご褒美、とまた近づいてくる顔を軽くはたく。
兄のスキンシップは頻度も深度も並みじゃないから、そろそろ唇がはれてしまうのではないかと最近思わなくもない。

「毎日牛乳飲んでやろうか・・・」
「兄ちゃんの好き嫌いを直そうとする涙ぐましい心がけだな、弟よ」

ものは考えようだよね、本当に。

小さくため息をつく。
でもまあ、毎日牛乳を飲むとして、スキンシップの回数が減るか、エドワードの牛乳嫌いが治るのか、はたまた、カル
シウムの摂取で自分の気持ちを長く持てるか。

いずれにせよ、損はしないよなあ。

そう考えたところで、「無駄だぞ」とまた兄に顎を引き寄せられた。




「牛乳取る暇無いくらい、いっぱい、してやるから。な?」









・・・・・・キスのことですよ?
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