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眼を開けたとき、世界は金色だったのだと、本気で思った。
眩しくてなかなか瞳を開くことが出来ない。喉は渇きを訴えるだけでぴくりともせず、呻き声すら上げられない。
なのにあの存在がすぐそこにいることは気づいていた。
薄く、かろうじて開けた視界には、まばゆいほどの金色。それは自分がずっと見てきた色で存在で。
「アル・・・?」
呼びかけられた。
その声の縋るような弱さよりも、自分が目を覚ましたことを気づいてくれたことに驚く。
たった少し、睫がふるりと揺れただけのはずなのに。
「ア、アル・・・。アル。」
動かない。手も、足も腕も顔も全部。痛みよりはしびれが強い、アルフォンスは睫を震わすほどの微動だけで、兄に
知らせようとした。自分は起きていることを。アルフォンスとして、エドワードの弟として、ここに存在していることを。
突然手に、しびれるような痛みが走る。熱いと思ったら、エドワードが自分の手を握り込んでいた。
「アルフォンス・・・!」
応えようとするのに意識が途切れて沈んでいく。握り返そうとした掌はやはり役には立たなかった。
薄れていくのは自分の意識で、目の前の存在は反対に色をまとって濃くなっていく。
アルフォンスが、やっと話せるようになったのはそれから二週間後だった。
目が覚めて見たものはは見慣れた天井と景色。そこはリゼンブールで、ピナコとウィンリイの工房だった。相変わらず
手足はひどく動かしにくい。
最初は瞳を開けることしかできなかったが、その内頬と口の筋肉をゆっくりとつかって、易しい会話ならできるようにな
った。
それから、立ち上がることができるようになったのはさらに二週間後で、すぐにこけてしまったときのエドワードの嘆き
は表現のしようもない。それから一週間、ベッドから出ることを許されなかった。
体が戻ってから、朝の光というものが、瞳に降り注ぐ光のシャワーなのだと初めて実感する。
眩しすぎて、目を閉ざしたいけれど遮れない、朝というものは時に暴力的で頑強だ。
ノックの音。
小さく返事をする。
まだ、掠れるくらいの声しか出せない。すぐに元のような声が戻ってくるよ、とピナコは快活に笑ってくれた。
しばらくするといつものようにひどくひっそりとした動きでドアが開く。
起きているよ、と言ったのに。アルフォンスは緩慢に開かれる扉を前に、つい苦笑してしまう。
アルフォンスがリハビリをしている間、エドワードは極端な過保護になった。移動するときは、車椅子に座ることすら許
さず、大切な宝物を抱えるようにエドワードが両手で抱きあげ、ほかの人間には抱きあげることをゆるさない。
食事は三度、必ず自分で運んで来てくれる。ひっそりと。
エドワードは弟の眠りを決して妨げず、また妨げるものの一切を許さない。
以前目が覚めたら眠ってから丸二日経っていて、仰天した上に、兄の眼の下にはひどい隈ができていた。どうやら二
日間、完全徹夜でアルフォンスを見守っていたらしい。
「兄さん。おはよ」
「おう。おはよ。」
エドワードは毎日弟の顔を見るたびにほっとしたように笑む。
なのにその後すぐにぶすっとしてしまうのは、今日もリハビリをするからで、つまりはアルフォンスの体に多少の負荷
をかけることになるからだ。
最近は、やっとすこしづつ動けるようになったのに、布団をはいで自分で起きようとすると嫌な顔をされるようになっ
た。
すぐさま抱えようとするエドワードに、アルフォンスが異論を唱えるのも、日常茶飯事と化してしまった。
「兄さん。ボク今日は自分で歩くからさ。」
・・・・・・・こんなことで拗ねないでくれる?
呟いたら、開き直ったように無言で無理やり抱えあげられて、抗議虚しくリハビリの行われる階下に連れて行かれ
た。
リビングの下には「やっぱりね」と顔に書いたようなウィンリイとピナコが待っていて、アルフォンスはエドワードの腕の
中で顔を伏せる。
確かに自分は体は細めだがやはり10歳で、リハビリの途中なのだから、と必死で拒否するのだが今のところ全く取
り合ってはくれない。
「大丈夫なの」
と、だしぬけに幼馴染が訊ねてきたことがある。
リゼンブールの野を、風が奔るように通り過ぎていく。
長い美しい髪をはためかせたまま、ウィンリイは笑いながら、どこか真剣な調子を言葉の中に含ませた。
シャキン、と耳元で音がする。小さな溜息が聞こえてから
「はい、おわり。お疲れ!」
ぽんと軽くなった肩をたたかれた。また風が吹く。アルフォンスは胸に思い切り、故郷の息を吸い込んだ。
「ありがとう、ウィンリイに散髪を頼んでよかった。随分軽くなったよ。」
伸びをしてから、ゆっくり立ち上がる。ああ、無理しないで。と不安げな幼馴染に笑った。
「大丈夫だよ。すぐに動けるように頑張るから」
「そうじゃなくて。私が聞いてるのはエドのことよ。あんたを戻す人体錬成してからあいつ・・・なんか病んでる」
アルフォンスはぽかんと、少女を見つめて瞬きをしてみた。ぱちぱちと瞬く世界にはもう随分慣れた。
「・・・病んでる?」
「そう、病んでる。・・・・・・あんたに」
ボクに?
首を傾げて見せる。
確かにエドワードは自分に対して強すぎるほどの執着心を抱いてはいるけれど。
病んでる、かあ。
ご飯だよ、と遠くからピナコが呼んでいる。
夕食の手伝いに行っていたエドワードが、アルフォンスを運ぶためにこちらに走ってくるのが見える。
そんな風に見えるのか。
早く兄弟離れしなくちゃなあ
と、銀色の腕と、金色の髪を輝かす人影を遠く見つめた。
「おやすみ、アル」
夜眠る前に、エドワードは必ずアルフォンスの額にキスをする。
これはまだ、病んでいるとはいわないよな。と、アルフォンスはそのキスを甘んじて受けとめる。
いや病んでいるとしても兄さんは兄さんだよなあ、と拡散していく意識の中で考えた。体が重い。
ひどく優しいまなざしが、扉から差し込む小さな光に照らされている。
まるで父親みたいだ、とぼんやり考えた。
だとしたら、ウィンリイは母親か。どちらかというと彼女はやはり、姉という感じがするのだが。
そんな取り留めないことを考えているうちに、視界が閉じられていく。瞼が重いという感覚はいつも不思議だ。
瞳を閉じた意識だけの世界で、額をなでる兄の手は大きくて柔らかく、温かい。
「おやすみ・・・・にいさん」
にこり、と笑って見せた。自然に頬の筋肉がゆるんで、笑むことができた、と思った。
暗い視界の中、エドワードの表情が曇ったように見えたのは、たぶん気のせいだ。
瞳を閉じる。
うっすらと開けた唇に何かが触れた。
だが、アルフォンスはすでに意識の底で、それに気づきもしなかった。
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