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家に帰ると、いかにも不機嫌な兄がソファにふんぞり返って座っていた。
口が見事にへの字に曲げられて、さらにアルフォンスの「ただいま」に対する返事が「ふん」という荒い鼻息だったか
ら、アルフォンスは鞄を降ろしながら、兄から視線を外さずに尋ねた。
「なに怒ってるの」
「・・・・今日、待ってたんだぞ」
「兄さん、いなかったじゃないか。ボクも探したんだよ」
「門のとこで待ってたんだよ!」
エドワードが勢いよくソファから立ち上がって、キッチンに足音を響かせながら入っていく。
アルフォンスは置いていかれたような放置されたような気持ちになって、しょうがないから兄が座っていたソファに座っ
て、キッチンに立つ兄の怒る背中を見つめた。
「気付かなかったな。声かけてくれたらよかったのに」
冷蔵庫から、リンゴを取り出している。もうすぐ夕飯だけどなあと思いながら、アルフォンスは席を立った。
「・・・んなよ」
「え、何。聞こえなかった。」
「あんなやつと帰んな!!!!」
振り返った兄の顔が、見たこともないほどしかめられている。顔が真っ赤になっている様に、アルフォンスは驚いた。
「兄さん、見てたんだ。待ってたんなら、声かければいいのに」
「お前、あいつと仲いいよな。結構茶室にくるだろ」
そういえば。ハボックが茶室に来る時は兄はいつも茶室にあらわれない。
「その頬の怪我もあいつのせいなのに。」
だけどこんなに機嫌が悪いのは久しぶりだ。
「ハボックさんのせいじゃないだろ、あれは事故で」
「なんであいつかばうんだよ・・・・!!!!」
凄い眼で睨みあげてくる。長い兄の前髪が大きく揺れて、振り乱れた。
「どうしたんだよ、兄さん・・・。」
「・・・・・・・・・いてえ。」
「は?」
視線を落とすと、林檎の皮をむいていた兄の手から、銀色のシンクにぽたぽたと赤いしずくが零れている。
血が滴るほどの傷に、アルフォンスは言葉を失った。
「ちょ・・・」
ぱくぱくと指をさしながらエドワードの顔を見たら、唇を噛んでまだ顔をしかめていた。
「あんなやつ・・・」
「それどころじゃないだろ!!」
とりあえず兄の手を取って、水道の流れる水にあてた。
ガーゼと包帯を取り出す。大げさだが、無茶して傷を大きくしかねない兄には必要だろう。エドワードは拗ねたような
顔で、キッチンにつったまま傷を持ち上げている。アルフォンスは、キッチンに入って小さく息をひとつ。
「はい。見せて。」
傷は案外深く、包帯もおおげさじゃないほど切れていた。血が止まらないので、消毒液をつけたガーゼを多めに当て
る。
そういえば兄も以前、アルフォンスがガラスで頬にけがを負った日、こんな風に手当てしてくれた。保健室だったけれ
ど、ちょっとした傷なのに随分大げさに治療してくれた。
「そういえば、頬の傷ができたとき。兄さんがおまじないをしてくれたっけ?」
ふわりと笑いがこぼれた。
あの時のエドワードを思い出す。
あの日家に帰ってから、エドワードはやたらと神妙な表情になって、怒るアルフォンスに「ごめん」と謝った。
謝っている人を殴るなんて最低だ、と怒っていた弟がこれは殊勝な、と目を丸くしたのに
「守ってやれなくて、ごめんなあ」
などとと呟いたから、あんまりなズレっぷりに、また喧嘩になった。
「でもさ、その日の夜に」
傷が治るようにって、ここに。
頬の傷を指さして、アルフォンスは兄を見上げた。
エドワードは今度は顔を青くして、アルフォンスを見つめている。
「ここに、キスしてくれたよね。あれは、おまじない?」
無邪気に笑ったのに、エドワードは口をパクパクさせている。
「ああああれは・・・」
視線を落として呟いた
「・・・・お前、起きてたのか・・・あの時」
「寝てると思ったの?」
兄はそれっきり、あーとかうーとか唸っている。
アルフォンスは首をかしげて包帯を巻き終えた。
ふわりと笑って、兄の傷ついた指先に、唇で触れる。
いたわるように、痛みを宥めるように
「あれは早く治りますように、のおまじないでしょ」
「・・・っ!」
ずっと昔、かすむ記憶の中で母がしてくれたように。
そう言って見上げた兄の視線は、自分の指先を見つめたまま動かない。
どうやら今日は、何かおかしいらしい。
反抗期?ちょっと違うか
キッチンを覗くと、切られるのを免れた林檎が一つ。今日はカレーにしようかな、とぼんやり考えながら、指を見つめた
まま真っ赤になった兄を放り、着替えるために自室に急いだ。
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