現代兄弟









そろそろ深い眠りに落ちてしまいそうな、うたた寝の終わりごろ、静かにふすまの開いた音を背後に聞いた。

帰ってきたのか。きっとあの兄には盛大にいやな顔をされるが、茶でも飲みながら話をして見れば意外と、打ちとける
ことができるかもしれない。茶室に横になっていたハボックは頭の端でぼんやりとそんなことを考えながら寝返りをう
つ。薄く眼を開けると思っていたよりも時間がたっていたようで周りは暗く、部屋の中の輪郭はひどくあいまいだった。

「あれ・・・」
体を起こしながら眼をこする。茶室の閉じられたふすまの前に、さっきエドワードを呼びに行ったはずのアルフォンス
が、立ちすくんでいた。

「アル?」
声を掛けたが返事がない。薄暗くなった部屋の中で、畳の匂いだけが妙に鼻について感覚を鈍くする。
もしかして、夢を見ているのだろうか。そう思い出した頃、ぽつりと言葉が落ちてきた。

「・・・・わからないんです」

やっと、上半身を起こして見る。確かに夢ではないらしい、暗闇に立つアルフォンスを見た。表情は見えない。
「わからない、って?エドワードは?」
「・・・さあ、」

ぱた、と。畳に何かが落ちてくる音。雨かと思って中庭を振り返ったが、空は遅すぎる夕陽の気配を残すばかりで、
音もない。振り返って、闇に慣れ始めた目でアルフォンスを見上げると頬から、ぽたぽた滴が落ちていく。

「・・・アル?・・・何があった?」
ざわざわと、背中が凍った。この青年が涙を落すなんて。
アルフォンスはふるふると首を弱く振って、小さく息を吐いた。深く息を吸って、自分を落ち着かせるようにまた吐く。

訪れた静寂に、畳の香りが濃くなったような気がした。視界が暗く狭まって、アルフォンスの着る白いシャツはひどく
清潔で際立って見える。

その白いシャツの胸元に掌をおいてアルフォンスはもう一度、息を吸った。
「すみません、兄さんが・・・見つからなくて。よかったら、二人分だけ点てましょうか」
少しだけ、声音の違う言葉ににやはり戸惑ってしまう。

腰を下ろして、畳がすれる音がした。
茶がまを炉に掛ける音を静かに聞きながら、ぼんやりする頭で考える。臭いと視界がふさがれたようで、まだいろん
なものがあいまいだ。ただ、なんとなく必死な青年の背中が心細い。

「エドワードと、何かあったのか?」

アルフォンスは、作業を止めない。静かな茶室に響く音は何度も繰り返され、響かれてきたはずなのに寒々しい。

「『わからない』って、何が」
くらい部屋に、火がともる。
部屋の電気をつけないのはおそらく顔を見られたくないからだと考えた。
ほのかな火が鉄を包むようにちりちりと揺れながら、冷え切った底を温めていく。

「アル。」
「ハボックさんは」

振り返ったアルフォンスは、大きな目を少しだけ歪めて、戸惑ったような表情でこちらを見つめていた。瞳の中に炉の
炎が反射して、ゆらゆら揺れている。
実際に、視線があって戸惑ったのはハボックだった。目があった瞬間にほんのひと呼吸、視線をそらす。

「ひとを『好きになった』ことがありますか」
「は?」

真剣なまなざしを向けられたのに、随分間の抜けた返事を返してしまった。それでも逸らされない視線に、ハボックは
思わずうなりながら淡い思い出を掘り起こしたりしてみる。

「そりゃ・・・ないわけでは、ないけど」
そこまで言って、言葉が詰まった。エドワードを呼びに行った青年と、「わからない」と言って涙まで流したアルフォン
スが重なる。
「ア」
「わからないんです」
瞳の中の揺らぎが、ゆるりと、大きくなってついに頬に零れおちた。
「ボクにはまだ、わからない。人を好きになるということが」
そう言ったきり、アルフォンスは目を閉じた。しずくがぱたぱた落ちていく。



アルフォンスの頬に傷を残して、殴られたことがある。
アルフォンスとの仲がよくなるにつれて、邪険にされるようなった。



「・・・そうだな」
そっと右手を伸ばして、頬のしずくを親指で拭った。炎の光でほの紅く染まった頬はするり、抵抗なくハボックの指を
滑らす。
「わかんねえよなあ」
アルフォンスが、閉じていた目を伏せがちに少しだけ開けた。瞳はまだ、炎を反映して伏せたままでもゆらゆら揺れて
いる。


もう一度、アルフォンスの頬を撫でた。

二人だけの家族で兄弟で、お互いに唯一の存在には変わりないのにな。

口を開きかけたけれどなんにも言えずに、今度は頭をぽんぽんとあやすように撫でる。

ゆるり白い息を吐き出した茶がまをそばに、ただ、二人に時間が滑り落ちた。








************


ぬぐおおおお。とか唸りながら無理やり上げました。
そんな・・・。
現代兄弟は恋愛要素あまりないはずだったのに・・・すみませんCさん・・・・。






トップへ
トップへ
戻る
戻る