現代兄弟









時折、自覚もなく意識を失う時がある。

それは事故の後遺症からだと、主治医が教えてくれた。
気が抜けたとき突然来る。全く予告なく無意識の底に体が引きずり落とされる感覚。

家に帰って制服を脱いでから、キッチンに行ったときまでのことは覚えている。
マグカップに紅茶を注いで、両手で包んでソファに座った。
緩やかに息を吐いた。紅茶から漏れた湯気が、アルフォンスの吐いた呼気で柔らかく揺らめいた時。
「・・・・あ」






気がついたら、病院で、泣きそうな顔で兄が自分の掌を顔に押しつけるように抱きこんでいた。
白い天井、ここはどこだろうと瞬きする。
目を開けてきょろきょろする弟に、エドワードは「ばかやろ・・・」とこぼすだけの言葉をかけて、黙った。

ああ。ボクはまた、「落ち」たんだ。

「ごめんね」
「あやまんな」
兄が捧げ持つ、アルフォンスの腕に、包帯。
その上をさするように触れてエドワードは顔をゆがめた。
「火傷してる。熱いもん持ってる時は気をつけろって・・・」
そこまでしか言葉にならなかった。
言葉を詰まらせて、エドワードはもう一度、アルフォンスの手を強く握りこんだ。
アルフォンスの、ゆるく握った指先に触れる兄の唇が震えている。

熱いコップを抱えていたのに、意識が落ちてしまうことをとどめられなかったなんて。

「怖いね」

そう呟きそうになって、口を軽く引き結んだ。



自分には4年間の記憶がない。
持っているのは10歳までの記憶と、15歳からの記憶だけだ。
10歳のころ、まだ小学生だった自分には確かに両親がいた。国を代表するほど著名な科学者だった厳格な父と、穏
やかな母。一つ違いの兄とは争うように育った。
一年に一回は家族旅行。
父親の特殊な職業を除けば、ごく平凡で平均的な家族だったように記憶している。息子は二人とも両親によって存分
に愛されていたし、息子たちも父を敬い、母を愛していた。

事故のことはあまり覚えていない。
兄はあまりそのことを語りたがらない。
ただ、昏々と眠り続けて眼を覚ました時には、成長期を順調に終え、誰だかわからなくなるほどに育ってしまった兄
を、自分はぼんやり見上げていた。

家と、両親は消えて無くなっていた。
親父のせいだと兄は告げた。
やっぱり捧げ持ったアルフォンスの指先にその唇をつけて、祈るようにくぐもった声で。

アルフォンスの瞳から故意に逸らした瞳をベッドのシーツに落として、ひとつひとつ、言葉をつなげていくように。


あの日・・・あの日、親父の実験が失敗して、家が吹き飛んだ。
母さんは実験室に一番近いキッチンにいたから助からなかった
・・・・俺たちは庭にいたから、爆発を免れた。俺は母さんを助けに行こうとして、お前は止めようとしてて、落ちてきた
がれきの下敷きになったんだ・・・オレをかばって・・・


張り詰めていたものが決壊するようにあふれて、16歳になっているはずの兄は説明しながら涙した。
ぽろぽろと、エドワードが泣くさまを忘れない。

自分の掌から零れおちてしまった時間と、成長、そして大切な両親。
大きすぎて途方に暮れることもできなかった。
きっとこれから大きな悲しみの波のようなものが襲ってくるのかもしれないけれど。
自分のこの細い腕を抱えて、眼を覚ましてくれてよかったと涙してくれる家族が、大事な家族が自分にはまだ残され
ている。そう思った。

母さんも、親父も。いなくなっちまったけど。
家も、何にもないけど・・・
お前がいてくれるならいいんだ、おれは・・・・

おれは、お前だけいてくれたら。それでいい。何にもいらないんだ。


なかないで、と手を差し伸べた。
やっと視線が合って、アルフォンスはエドワードの弱く歪んだ瞳にほほ笑んだ。
喪失感や虚脱感というよりは、満たされているのだと思った。
たった一人でも、家族がここにいてくれるということ、ずっとそばにいてくれたという事実が、そのときのアルフォンスを
少なからず包んで。満たしているのだと。





点滴の滴る音で、アルフォンスは我に返った。
病室にいると昔のことを思い出す癖がある。
「今度から・・・気をつけるよ」
そう告げると、兄はアルフォンスの指に押し付けたままの唇の端を上げて、やっと笑んだ。

そうだ、ボクは満たされている。

「ありがとう」
告げたら、また少し強く、掌を握りこまれる。

「お前さえいるならなんにもいらない」といったこの人は、やはり自分にとってもすべてに違いないのだ。

そう思ったとき、窓から風が緩やかに入ってきて、アルフォンスの頬を撫ぜた。









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