PARC



(7)












「どこ行ってた。」

玄関に立ちすくむ弟は、心持顔青い顔でエドワードを見上げている。
首に巻いたマフラーを、所在無げに握ったり緩めたり、その幼い指先に手袋もしていない。寒々しくて心細げで、抱き
しめたくてどうしようもなくて、途方に暮れる。途方に暮れて苛立ちがこみ上げる。家に入るものかまずは兄を宥めるも
のか、しどろもどろになっている弟を眼前に歯噛みする。

最近はこんな気持ちばかりだ。アルフォンスを見ると苛立ったり哀しくなったり。自分の気持ちにくらいは鋭くいるつも
りなのに。
「・・・ごめん、こんなに遅くなるとは思わなかったんだ」
「どこ行ってたんだって、聞いてんだ」
言葉をなくして視線を外した弟を、腕の中にきつく抱きしめてしまいたい。自分の感情全部ぶちまけたらおそらく、壊
れてしまう、そんなことは分かっていたとしても。
兄弟二人で言葉もなく玄関に立ちすくむなんてどうかしている。分かっているのに許せない、あんなにそばにいてな
んでも話しあってきた弟が、今は兄から視線をそむけて黙っている。

「・・・・・・・公園」
エドワードはついに音をたてて舌打ちした。アルフォンスが驚いた顔をして見てくる。
「ごめんってば。今からご飯作る・・・」
「いらね」
見上げてくる視線が心細い。でも心がひどく乱暴にかき乱されて、離れなければ、と思った。リビングへ向かう。頭を
乱暴にかき混ぜて、落ち着こうとする。なのに追ってくる少し高い声音が、何よりも心をかき乱すのだ。
「・・・っ兄さん!」

大切な存在から離れてしまわなければ。引きさいて壊してしまう前に。

とたとたと小さな音を立てて追ってくるアルフォンスに振り向きひざまずいてアルフォンスの視線に自分のそれを合わ
せた。一生懸命はずそうとしているマフラーに手を掛ける。
溜息をひとつ。アルフォンスは黙って立ち止まり、エドワードの表情を追っている。
「・・・このマフラー・・・捨てろよ」
「・・・」
「つけんな。どうしても返したいって言うなら、俺が返しておくから。」
丸い大きな瞳が、不審な気持ちを抱えてじっとエドワードを見つめてくる。まっすぐで純粋すぎて痛い。

「兄さんは、この頃へんだ。」
小さな唇が言葉を紡ぐ、ひたむきで柔らかいのにエドワードにはこんなにも強い。
「そんなこと・・・」
「変だよ。この頃だけじゃない、ボクがこの体になってからずっとだ。何かをとても怖がってる。」

――――怖いよ。


想いがこぼれてそうで、弟の肩に手をかけたままうつむいた。茶色の床と、アルフォンスの小さな足の先が見える。
年齢どおりどころか、失われた時のものものさえ取り戻すことができなかった小さなからだ。錬成をやり直すことなど
恐ろしすぎてできなかった。
それよりも弟が弟のままで、アルフォンスのままで、その小さな体をいだいて微笑んでいてくれたから。

だからエドワードも微笑んだ。


小さな弟を抱きしめる。抱きしめたらどこか砂と、樹の香りがした。冬の風のような、どこかへ行ってしまいそうな。
言葉が出なくなる。ただ苦しくて、一言だけ告げた。
「すきだ。」
小さな体は、エドワードが抱きしめて容易に腕が余る。
抱きしめた背中からは何も伝わってこない。揺るがずにただ兄の腕を受け止めている。
顔を金色の短い髪に埋めるとアルフォンスがゆっくりとエドワードを見上げようとしているのがわかった。この兄と正面
から向かい合おうと。
だからエドワードも、腕から力を抜いてアルフォンスの大きな瞳を覗き込んだ。

「ボクもだよ」

と紡ぐ唇を、見つめることができない。堅く眼をつぶっていらだちを含んだ溜息をついた。優しい弟の、そんな返事はと
っくの昔に予期していたのに傷つかずにはいられなかった。自分勝手であることも理不尽であることも分かりきってい
る。

――――それは、違うだろ

「・・・違う、そうじゃないだろ」

そう言って、頬を包む手に少しだけ、力を入れた。この熱が、弟に少しでも伝わればいいのに。

「どうして?違わないよ。」
伏せた瞳のままで、アルフォンスはその小さな手で兄の掌を上から包んだ。
温かい弟の体温を、掌全部で感じる。もっと抱きしめたくて、全部を包みたくて唇を寄せた。
柔らかく触れる。小さな唇が、ぴくりと震えた時エドワードはすぐに顔を離した。視線を合わせられない。
掌を上から抑えていた、弟の掌が今度はエドワードの頬をとらえた。エドワードははじけたようにアルフォンスの目を
見た。膝立ちになった、アルフォンスの顔が近づく。
大好きな優しい色をした瞳が間近になって、そうして優しい声が、胸に響いた。
「好きだよ、兄さん。」
今度は弟から触れてきてくれた唇はすこしだけ湿っていて温かい。
たまらなくなって、抱き締めた。

「すきだ。・・・好きだよ、アルフォンス。」
「うん。」
離すのはもったいなくて、漏らすように言葉を吐いた。もしかしたらこの華奢で小さな体を抱き締めるには、腕の力が
強すぎるかもしれない。ひどく心配だったのに、腕の力を緩めることができない、逆にもっと包み込みたくて力を入れ
てしまった。
「ふ・・・」
苦しげな息が漏れたアルフォンスの体に、自分の体を押し付けるように密着する。
「ごめんな」背中を優しく撫ぜる。
それは何に対する懺悔なのだろう。

自分でもよくわからなくて、でもひどく切なくい。





















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