PARC



(4)









「お帰り、兄さん」
どちらかが出かけていたら、先に帰った方が玄関先まで出迎えるのが、兄弟の日課である。
玄関まで出迎えに行くと、玄関で靴を脱いでいたエドワードは気まずそうに、アルフォンスから目をそらした。
「ただいま」と小さく零して長靴を脱ごうとしている。
アルフォンスは、迎えに出た玄関先で目を見張った。ここ最近は見なかった不機嫌さだ。大体仕事に疲れたエドワー
ドは、玄関まで迎えにきた弟を長靴も脱がずに抱き上げる。

それでも、長靴を脱いで玄関に上がってしまうと、エドワードは不機嫌を振り切るようにアルフォンスの両脇の下に手
を差し入れて抱き上げた。片手でいとも簡単にアルフォンスを抱えたまま、荷物も降ろさずにそのままダイニングへと
向かっていく。それはいつものことだから、腕の上の少年はされるがままだ。どのみち、この体格差ではもはやけん
かになんかならない。

頭を兄の胸に預けたら、外の冷たい空気の匂いがする。抱きあげられた時に、かすめた兄の耳がやけに赤いから、
冬がもうそこまで来ているんだ、と思った。去年の冬を思い出そうとしてやめる。去年はまだ、アルフォンスの体に寒
さは無かった。

「・・・・」
ダイニングにたたずんだまま、エドワードはソファに座るでもなくアルフォンスを下ろすでもなく、何かを考えていた。
兄から伝わる呼吸の気配が、エドワードが何かを言おうとしてためらっていることがわかる。
口を少し開いて、また閉じる。
軽くした唇を噛んで、寒さで少し赤らんだ頬を、アルフォンスの額に擦りつけた。
抱きあげられたまま、アルフォンスは冷えた袖を少し引いた。

「何、何か言いたい?」
「・・・アル、さ」

そこで区切って、また戸惑った。
眉間にしわを寄せて頭をかく。あーと唸った。
「やっぱいい」
「気になるだろ。兄さん。言って」
「・・・朝・・・」
「あさ?」
少しぎくりとしながら兄の言葉を待つ。アルフォンスのわずかな緊張が伝わって、兄は余計拗ねた顔をした。

「アルさ、俺に内緒で、朝公園に行ってるだろ」
言葉にしてしまえば気が楽にでもなったようで、エドワードはいつもの刺すような鋭い視線を弟に向けた。今度は逆に
アルフォンスが、気まずげに視線を外して床を見つめる。袖を引っ張って降ろしてというと、エドワードは惜しみながら
そっと弟を腕から降ろしてくれた。

「朝の公園は・・・散歩だよ。先週兄さんは遠征でいなかっただろ。買っておいたパン、ひとりじゃ食べきれなくて、公
園の鳥にあげにいってたんだ。」
「なんで黙ってたんだよ」
「黙ってたわけじゃない。でもその時間は兄さんは寝てるだろ。言う必要なんかないじゃないか。」
首をかしげるとエドワードは怒ったように目をそらして気まずそうに頭を掻いた。ないけど・・・とぶつぶつ呟いている。
「いう必要なんかないけど・・・あいつにあっただろ」
「あいつ?」
「大佐。ロイ・マスタング。無能上司」
「・・・・・。」

はー、と大きな息をひとつ吐いて、エドワードは何か苦しそうな顔をした。頭を相変わらずがじがじ掻いている。
「俺にはなんにも言ってなったくせに」
ダイニングにあるテーブルに、手袋の左手を置いて視線をそこに落とす。長い前髪が兄の横顔に垂れて表情が読み
にくいけれど悔しそうな口元だけがちらりと見えた。
ソファに腰かける音が響いた。まだ視線を上げずに何度か瞬きをする。気配だけでエドワードの気持ちを感じ取ろうと
した。

「あ、会ったけど・・・たまたまだよ・・・」

さすがに相手の怒りに戸惑って口どもる。
以前お世話になった人に偶然会ったのは今朝のことだ。話そうにもエドワードは今日の朝遅目に起きてどたばたと出
て行ったためにあまり話せなかったのに
一体兄が何に対して怒りを感じているのか、前髪の隙間から見える口元だけでは的確に感じ取ることはできない。

アルフォンスは、床に視線を落とした。ダイニングに静けさが落ちてくる。

「ごめん」
視線を上げるとエドワードが、窺うようにこちらを見ていた。少しだけ何かに脅えているようにも見える。
「わりい。ただびっくりしだだけなんだ。今朝大佐に、お前に会ったって言われて。」
ダイニングのソファに腰かけている取り繕ったような兄の笑顔に、首かしげずにはいられない。
「ごめんな。一方的に機嫌悪くしちまって。」
アルフォンスも笑顔を向けて、首をふるふると横に振った。それを見て、エドワードはまた笑う。

「いいよ。」
兄の笑顔の中に弱さを見つけたいたたまれなさに、アルフォンスは慌てたようにダイニングからキッチンへと向かう。

「アル。」
エドワードの隣を通り過ぎる時に近い距離から呼ばれて振り向くと、視界の全部が蒼かった。軍服を着た腕に抱きし
められたらしい。玄関でされたように軽々と抱きあげられる。さっきとは比べ物にならないほどの強さで抱きしめられた
から少し、戸惑った。

「兄さん?」
「もう一回。さっきはちゃんとできなかった」

あるー・・・と力なくアルフォンスに頬擦りするエドワードはいつもの兄である。
アルフォンスは、はは、と軽やかに笑って困ったようにひとつ、溜息をついた。いつものように、賢い弟の顔で。

二人の距離を、縮めることも広げることもないように。



「ほら。兄さん。ご飯にするから軍服脱いで」
うん、と名残惜しそうに額に唇を押しつけてくる兄に、聞こえないように安堵の息を吐く。












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