PARC



(5)









赤いものが、苦手だ。


多分人体錬成の影響なのだと思う。鎧のころは紅いものが苦手とかいうことは全くなかったし、そもそも兄はいつも目
にも眩しい真っ赤なコートを羽織って視界の中をうろちょろしていたのだから。
気付いたのは、夜の車のライトに照らされた時だ。
人体錬成が成功して、自身の体を取り戻してから、夜道をエドワードと歩いていたら、こちらに向かって走ってくる車
のライトに意識がくらんだ。
その時は隣にいたエドワードが抱えあげてくれたために近づいてきた車との衝突を間逃れた。しばらくぼんやりしてい
たアルフォンスに、エドワードは心配げにどこか怪我でもしたのか、と聞いたから、なんにもないよと首を横に振った。

何が起こったのか、よくわからなかった。
ただぼんやりと怖かった。

どろどろとした濁流に、心ごと体が流されそうになる感覚、強く保ちたいという想いが簡単に流れ落ちてしまう意識。
想いの塊や命というもの、根源のすべてがざわりとざわめいて存在を揺るがす。
エネルギーの塊、あの強い物質が体内に流れていることを強く実感させられる。
お前の体はお前一人で出来上がっているのではないのだと、そうしてその体は決してお前一人のものではないのだ
と強く訴えるように意識が遠のいてしまうのだ。




パン屑を放って、手をぱんぱんとはたいた。鳥たちが足元でもっととせがむようにせわしなく歩いたが、もうないよと手
をぶらぶらさせる。傍にあったベンチに、一息ついて腰かけた。吐いた息が白く濁って空中に逃げていくのを見守っ
て、アルフォンスはそっとほほ笑んだ。
昼間の公園では、子供たちのはしゃぐ声、噴水の水の音が響いている。
外見はさほど変わらない年頃のであろう子供たちが、砂場ではしゃいでいる姿を遠目に見つめた。
空が高い。首に巻いているのは先日同じベンチで、お世話になった人が巻いてくれたものだ。返さなければいならな
いのだけれど、会う機会がないから(そして兄に仲介を拒否されてしまったから)なんとなく使ってしまっている。

エドワードとは喧嘩になったけれど、公園に散歩に訪れるのはアルフォンスの日課だった。外の季節に触れること、
空気を知ること香りを感じること。それらはどうしても鎧の中にいたアルフォンスには必要なことで、それらに触れるこ
とは一種リハビリだと思っている。

鳥が羽ばたく時に、羽の起こす風を感じること。
人と話すこと歩くこと体を動かすこと。
何度言っても、エドワードはアルフォンスが外に出ることに対していい顔はしない。
昨日のエドワードを思い出す。確かに、兄が自分を心配する気持ちもわかるのだ。

赤い光で意識を失いかけたとしばらくして兄に伝えると、家から赤いものが姿を消した。
兄さんの紅いコート好きだったのにな、と告げると、もう着なくていいんだから。と言って頭を撫でられる。随分と子供
扱いだ。
体が戻ってから、エドワードとの距離の取り方が少しだけ、わからなくなった。鎧だったころ対等で弟にあったはずの
対しての信頼のまなざしは、人体錬成が成功してからいつしか不安や保護の対象へ向けるものへと変わってしまっ
たように思う。

今まで通り接しようとすると、ふと距離を置かれてしまうときがある。かと思うとエドワードは時に弟との距離をゼロに
近づけてアルフォンスに触れたりもする。その触れ合いは今までの、兄弟としてのものよりもずっと、近しいもので。




「・・・!?」



突然視界一面が真っ赤に染まって、思わずベンチから立ち上がった。
足がぐらりと力を失い、ベンチの背もたれに咄嗟に寄りかかる。
頭に手を添えて、首を振る。


―――ここは、どこだ


ベンチから立ち上がると、視界が真っ赤だったのは赤いものに遮られていたからだとわかった。
立ち上がったことで曖昧に広がった視界から、ひょうきんな顔をしたピエロがひょこりと表れて首をかしげる。
「あ・・・」
時々、子供たちのために公園にやってくる大道芸人らしい。驚いた表情をした後にっこりと笑って、また首をかしげ
た。首をがくがくと揺らしておどけているピエロの様を茫然と見つめる。
動悸の止まらない胸に手を当てて、呼吸を整える。手放しかけた意識を必死につなぎとめる。そうして緩く首を振り、
ここが公園であったことをやっと思い出した。

視界を覆っていたのは真っ赤な風船で、大道芸人がそれをアルフォンスに向かって差し出している。
視界が真っ赤になったのは風船のせいなのだと自分に言い聞かせる。思わず真顔になってしまったアルフォンスに
ピエロはさっきよりも一層、にっこりと笑んだ。

そうか、自分は今、こどもなのだ。

あいまいな笑みをピエロに返す。ぐいっと風船を押し出してきたから、両手を翳して「結構です」と返した。毒々しい赤
い色のインクが、頬に滴型に色づけられている。口の周りの濃いオレンジで塗られた唇がぽかんと形作る。アルフォ
ンスが二歩ほど距離を開けると、ピエロは首をかしげて口の端を上げた。

「赤い色は、きらい?」

低い深い声がささやいた。
何かが背筋を駆けあがって、アルフォンスは目を見開いた。また動悸が強くなる。

濃い赤の風船、平日の道化師、しゃべるピエロ―――

「・・・きらいかな?」
はっとして瞬きをしたアルフォンスにそう言ってまた風船を差し出してくる。視界を覆う赤色に、足もとがくらりと傾い
だ。かろうじてまた歩を下げ首を振る。

「いえ、ただ黄色い風船が欲しいなと思って・・・」
オレンジ色の唇が歪むように微笑んで、そうか、と言った。
下げられた赤い風船の代わりに差し出された黄色い風船は、けれどもアルフォンスの掌に受け取られる前に空に逃
げた。
「あ・・・」


風船を追いかけた視線を、ピエロに戻した時には、そこにはもう誰もいなかった。

ただ、子供たちの戯れる公園が先ほどと同じように静かにたたずむだけだ。












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