PARC



(2)









「おい。書類。持ってきてやったぜ。」

目を上げた。そこにはつい最近悲願を遂げ、晴れて軍属となったばかりの部下がふてくされた顔で書類を差し出して
いる。
マスタングは何度か瞬きをした。目の前の青年は長い前髪を以前のように無造作に垂らしている。その色は瞳と同じ
く金色、ぎらぎらとした感じはだいぶん抜けてしまったが、やはり目つきは悪い部類だ。
いつの間にかだいぶん大きくなって、青々とした軍服も着こなすようになった。放っておけば上官の前でも腕を組んで
しまうラフさには未だに辟易される部下だが、異常というほど頭はいい。
なにしろこの男、最年少国家錬金術師記録を持っている。

付属に必要な書類を探しながら机の引き出しを上から開けていく。
そういえば、と突然ひらめいた。白い手袋が差し出す書類を受け取り、ふと今謎が解けたことを知る。
ロイマスタングはふっと笑った、顔を見るためには少し角度が変わってしまった青年を見上げる。彼とは全く雰囲気は
違うけれど。常に一対になっている二人だ、いなければ当然、違和感を覚えるはずなのに。

エドワードは上司の不敵な笑みなどには頓着せずに、さっさと背中を見せて自分の席につき、書類を広げて作業を始
めてしまった。

片肘をついて、その部下を見つめる。やはり少年のような若々しい印象はすでに消え失せ、たくましい、といった雰囲
気をまとわせている。

「・・・・鋼の」
返事は帰ってこない。ただ、無言で続きを待っているのだということも分かっている。だから続けた。

「君は出し惜しみするタイプかね。」
日頃ろくなことを言わない昼行灯の上司に、突然そんな風に声を掛けられて、暫らくエドワードは何も言わなかった。

顔を上げてマスタングを見る。
マスタングは、金色の形の整った眉が盛大に潜められるのを愉快な気持ちで見た。
体が戻っても、やはり全く似てないのかとあの儚げな笑顔がよぎる。


「・・・・・・あ?」
「・・・君は出し惜しみをするタイプかね、と聞いている。」
「・・・」
つまんねえ、という顔でまた書類に目を通し始めた。
しばらくしてから、それでもきちんとエドワードは面倒くさそうに書類をおいて上司に向き直った。

「もうちょっと論理的に喋ってくれ、早く仕事終わらせて、さっさと帰りてえ。」
「上司をもう少し敬いたまえ。実は昨日、君の弟君に逢った。」
「アルフォンスに?」
「そう」
「どこで」
「早朝の公園だよ」

そう告げると、エドワードは露骨に嫌な顔をして、小さな声で、行くなって言っとこう。と呟いた。
「元気そうじゃないか、何故挨拶にくらいこないんだ。」

日頃から素行よくない部下が、つまらなそうな顔で机に会ったペンをつまんで、指先で回し始める。なんだかすねた
子供を相手にして居るような気持ちになる。
「人体錬成をしてから体が弱いから体が弱いと嘆いていたから気を遣っていたんだが。他人でもあるまいし、皆会い
たがっている、本人もとても外にでるのが好きみたいじゃないか。」
白い手袋の先のペンが、くるくるくると三回、回る。ぽとりとペンを落として、
「あんまり人目に触れさせたくない」
という、かろうじて聞こえるような声を出した。

「・・・呆れた。そこまでのブラコンとは。兄からそんなに加護欲を注がれてしまったら、弟は大変だな。」
まあ、でも気持ちは分からなくもない。公園であった、明らかに精神よりも幼い姿をした弟はどうみても被保護者だっ
た。その上、にこにこ、ぽてぽてとした雰囲気はあまりにふわふわとして心許ない。これだけ過保護になるのも無理
はないのかも知れない。

「君、子供が生まれたら溺愛するタイプだな」
というと、エドワードは驚いたような表情でマスタングを見つめて、面白そうに声を立てて笑った。
「子供なんか作らないよ」
「何故だ、何を笑う。」
「俺たちは二人でずっと生きていくから」

笑いが出た。とんだブラコンだ。
「君の弟はしっかりしていたよ、世話を焼いてばかりでは逆にかわいそうだ。きっとお互いに独立して家庭を築く、ごく
ごく一般的な幸せを願っているだろう。」

そういうと鋼の錬金術師は、あごにちょっと手を当てて虚空を見つめた。何か考え込んでいる。
「・・・俺の幸せは、アルと二人で生きることだな。」
うん、と自分で頷いている。
なんだか頭痛がしてきた。上司として、人生の先輩として。

「いくら命を懸けて体を取り戻した大切弟とは言っても、本人の意思もあるだろう。相手が大切な存在なら、なおさら
だ。」
ほんの少し、しん、とした空気が流れた。目を伏せていた部下の視線が、ゆっくりとこちらに向かってあげられる。

「・・・・大切な存在?」

エドワードはマスタングをじっと見た。そらさず見つめてくるその瞳が皮肉にゆがんで居るように見えて、マスタングは
すこし戸惑った。さっきまでは子供のような、無邪気な顔をしていたのに。

「あんたには、わかんないかな」

今度は探るような視線になる。ふっと笑って、手元の書類に目を通しだす。手元のペンで何かを書き出すと、エドワー
ド・エルリックの思考の中にはもはやなにも入れないようだった。
マスタングがため息をつきながら自分の作業に戻った頃、書類を恐ろしいスピードで処理しながら、はっきりとした声
音のエドワードが言葉を吐く。

「明日からはあいつ、公園なんか来ないからな。行かせないから。」
「・・・君は。何様だ。弟を自由にしてやれ。」
「いやだよ」


ここで言葉を区切って、エドワードが上司の黒い視線をしっかりと捕らえる。
ひきつられてマスタングもエドワードの瞳を見た。だから余計、言葉が届いた。

「誰にも会わせたくないし、話させたくない。触れてほしくない、他の誰にも笑いかけてほしくない」
眉根が寄る。

病気か、お前は。

正直にそう告げると、男は大真面目に、そうだよ、と答えた。
「病気なんだ。だからもう、あいつに近づかないでくれ。俺が気が気じゃないから。特に大佐は近づくなよ。・・・あんた
は俺と同じタイプだ。」

気付いたらもう、戻れなくなるだろうから。

口の端をあげて笑った。

いつからそんな笑顔をするようになった?

「そうなったら、容赦とか遠慮なんか本気で出来ないからな。」
「それは・・・」

なんに対する忠告かね、と反論しようとして開いた口を、そのまま閉じた。朝日を浴びてにっこりと微笑んだ笑顔は確
かにとても、まぶしかった。

欲しがってしまえば、きっといつか取り返しがつかなくなるほど。

















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