PARC



(6)













「何をぼんやりしているんだね」
「え・・・」
ぼんやりと見上げると、燃えるような色の空を背景に、兄の上司が驚いたように見降ろしていた。

「あれ。」

瞬きを何度かする。
時間の感覚を失ってしまって、自分がいったいここに何時間立ちすくんでいたのか、考えたら気が遠くなった。
周りを見渡すとすっかり日が暮れて人気を失った公園が先ほどと同じようにたたずんでいるだけだ。昼間とはするりと
表情を変化させてしまっている。
目を細めて細い息を長く吐き出した。
遊んでいた子供たちはおそらく傍にいるべき誰かが迎えに来たのか、あるいは家に帰ってしまったのだろう。

自分のいるべき場所に。

還るべき場所―――

「しまったな・・・ぼんやりしてしまって時間を忘れてました」
頭をかいておどけて見せる。見下ろす大人は夕陽を浴びながら逆光になった顔で、面白そうに笑う。
「ははは。案外ぼんやりしているね。それではあの兄が過保護になるのも仕方ないというものだ」
アルフォンスもふっと笑って、マスタングを見上げた。
「お仕事のお帰りですか」
「ああ、有能な部下のお陰で。今日は少し早く帰れるんだ」
「ボクも早く帰らないとな。兄さんが帰ってきてなければいいけど」
「今日鋼のは遅くなるぞ。さっき仕事をたっぷり押しつけてやったからね」
ははは、と笑った顔が本当に爽快で、アルフォンスもつい引き込まれて笑ってしまった。じゃあ、安心だとこぼす。

「君はこの間はもう来れないと言っていたが。昼間は大丈夫のようだ」
相変わらずにこにこ、人に容易にとらえどころを与えないのはさすがだと、アルフォンスもにっこりと笑みを返す。
「昼間は保護者が仕事に出かけてますからね。自由を満喫しています」
二人で笑った。人気のない公園に笑い声がこだまする。
笑い声がやむと、噴水の音だけが虚しく響いた。

マスタングは何気なく、夕暮れるベンチに腰かけた。腰かけると、以前早朝にやはりこんな風に少年と話していたこと
が思い浮かぶ。

当の少年はこちらに背を向けて立ったまま、足もとに寄ってきた鳩を見降ろして、エサはもうないよ、巣へ戻った方が
いいよ、と面白そうに首を振っている。
まるで子供だ、と安心するように息を吐いた。

「こんなところでぼんやりと何を考えていた?」

自分の言葉に何故か驚いた。決してこんなことを聞きたかったわけでは無いのに。
「取りとめもないことを」
また、鳩が寄ってきてアルフォンスの足もとを歩き回っている。アルフォンスは今度はそれに特に構わずに、力なく腕
を両脇に垂れた。
背中がひどく不安げだ。

「何かあったか」
声音を少しだけ落とすと、返事が返ってこなくなった。落ちてきた沈黙を噴水の音がかき消す。

しばらくして、噴水の音にまぎれてしまうような小さな少年の声がした。


「こわいんです」
「怖い」
「ボクはなんなのだろうって、怖くなる・・・」


マスタングからの返事は帰ってこず、けれども背中で相手が考え込んでいるのを気配で感じ取る。



違う違う、どんな言葉が欲しいわけでもない。
ただこらえようのない混乱が、吐露する感情を明らかにしているだけだ。
そうして自分はそんなに弱いわけでもない。



それでも握った拳が、震えるのは止められなかった。おそらく暮れていく夕日が、アルフォンスから熱や体温をそぎ落
とそうとしている。
息継ぎをするように、薄く唇を開いた。言葉が落ちていくのをとどめることが出来ない。

マスタングはベンチにゆったりと腰を掛けて自分に背中を向ける少年の様子を、うかがうように見つめる。
顎を少し引き、一片の動作も逃すまいとする目。

「ホムンクルスっていたでしょう。人ならざる人。賢者の石を礎としていた・・・」
そこで言葉を区切って、アルフォンスはふっと、公園に視線を向けたようだった。


マスタングはぞっとした。今前にいるはずの、佇む少年の気配が一気に薄れてかすんだ。
視界ではちゃんとアルフォンスの存在をとらえることができているのに、少年の存在感は全く希薄で心もとない。思わ
ず確認するように、言葉を発する。
「何を言おうとしている?」
「怖くなる、ボクは本当に人間なのだろうかって。人間でいていいのか、ときどき・・・」

こわくなるんです

小さく息を吐くように呟いた。
少年の横顔は、瞬きした次の瞬間には消えてしまうように力ない。目を細めて、足もとの鳥たちを見下ろしている。
ベンチに腰かけた青い膝を組んだ。息をひとつ、吐いてみる。
「君たちは、そう言ったリスクや犠牲を覚悟で二度目の人体錬成を行ったんじゃなかったのかね。人体錬成は禁忌だ
と、わかった上で行ったんだろう。だとすれば、そんな不安や杞憂は今更のことだ。そうじゃないか?」
公園はもはや夕陽の明るさすら失って、夜を迎えようとしている。
ベンチの前で背中を向けてたたずむ少年は、横顔だけでマスタングを見た、見つめていた。

言葉を発さずにたっぷり10秒、じっと何かを考えているように見える。
そうしてふっと笑った、馬鹿らしいとでもいうように。

「―――そうですね」

マスタングは目を閉じた。
ああ、しまったと思った時にはおそらく、すべてが遅いのだ。いい年をして知っていたはずでいたのに。
掌で、顔に掻いた汗をぬぐう。
立ち上がり、アルフォンスの背中に二歩、近づいた。

「アルフォンス君・・・」
「そうだ。先日お借りしたマフラー、返しますね。」
思い出したように、アルフォンスが笑んだ。先ほどとは真逆の、体に見合った笑いかたで。
「ありがとうございました。」
「ああ、そうだったかな」
マフラーを解くと、冷たい空気が当然のようにアルフォンスの首元をさした。だからアルフォンスはまた笑って、マフラ
ーを差し出す。マスタングはしばらくその長いマフラーを見て、ひらり手を振った。
「いや、いい。アルフォンス君、君がつけていた方が似合うようだから」
マフラーを手にとって、またアルフォンスの首元に巻きつけようとした。
小さな体に一歩、また歩を進める。近づいたマスタングを、アルフォンスが見上げて視線が合った時、あたりが光をな
くして、公園の街灯がともった。

闇が迫ってくる、少年の金の瞳が不安に大きく揺れて、驚くほどに光を失った。
アルフォンスは言葉を発しない。ただその存在が闇に失われていくようで咄嗟に両腕でアルフォンスを捉えた。
抱きしめる。体が冷えていく、心が冷えていく。ただこの存在が、ここから失われてしまうよりは今両腕で縋るべきな
のだと、何かが訴えている。

「たいさ・・・」
「怖いか」

小さな体が、ぴくりと動きを止めたのを布越しに感じる。この体はこんなにも暖かく脈打っているのに。
何を不安がっている?

生きることに?罪を背負い続けることに?それとも

「大丈夫だ。君は・・・、」
頭をゆっくりと撫でた。
何故抱きしめたのだろう、私は。とぼんやりと考える。
言葉を失って、自分が何を言いたいのかわからなくなって混乱する。

ただ、腕の中の存在が失われることだけが、こんなにも恐ろしい。













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