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「アル!!」
呼びかけると、向かいに座ったアルフォンスははっとして、スプーンを取り落とす。放っておくとスープの中に沈んでい
こうとするスプーンを慌ててすぐに取り上げた。
「ちゃんと食えよ。」
エドワードは、眉を顰めた。弟がこんなにぼんやりしていることは、本当に久しぶりだ。
雨の降った、今日の午前中、アルフォンスはかねてからの上司の誘いを断った。
マスタングには電話でひたすら謝罪して断り、エドワードにはマスタングに振られて行き辛いんだよ、という言い訳をし
ていたけれど。
だけど本当は、雨の日にきしむ機械鎧を着けた兄を放っておけなかっただけだと、エドワードには痛いほどわかって
いた。だからどうしようもない情けなさとか愛しさとか哀しさとかがないまぜになって、弟をこの腕の中に抱きしめたの に。
雨の音に混ざるように、鳴った電話は、憎いとしかいいようのない上司からの電話で、案の定アルフォンスを呼び出
す電話だった。
美術館はいいから、話がしたい。今すぐ軍部に来て欲しい、と。
アルフォンスは電話口で渋った。
やはりいけません、と断ろうとしたアルフォンスの背中を押したのは誰でもないエドワードで、ただ一言、強いまなざし
で「行けよ」と告げた。電話を握ったまま、弟は兄を見つめた。口を引き結んで軽くうなずく。
躊躇しながら、それでもドアを閉めることさえ忘れて出かけて行ったアルフォンスの、水をはねて走っていく足音が、
雨の中に響く。
よっぽど、こっちの方が痛むんだよなあ。
と他人事のように、扉があきっぱなしの玄関先でぼんやりと考えた。
二時間ほどで帰ってきたアルフォンスは、持って行ったはずの傘を軍部の書庫に忘れて、ずぶぬれで玄関の扉を開
けた。構わず家に上がろうとしてくる。たまらなくなってエドワードが声をかけた。
「おい、アル?大丈夫か。」
見上げてきた顔は激しい雨に濡れてきたはずなのにやけに赤い。しかも呆けたようにぼんやりとしている。待ってろと
タオルを投げて、シャワーを浴びさせた。
日頃は立場が逆なのに。兄に言われて素直にシャワールームに向かう弟の背中からは表情が読めなかった。
食事中もずっと上の空だ。
「・・・ついてんぞ」
パン屑がついたままの顎に、何も考えずに手を伸ばす。弟は、この上なく心ここにあらずなはずなのに、顎に手が掠
めた瞬間、びくりと兄の手を払うように顔を離した。
そして焦った顔をした。
エドワードが眉をひそめたのに気付く。目線を下げてごめん、と小さく謝ってきたから、エドワードはやっと、今日この
弟に起きたかもしれないことがらに行きついた。
いや・・・と気まずく返事をしておく。
「アル。お前、本当に大丈夫かよ」
「・・・・」
「アル!」
「あっ、え。うん。何?兄さん」
呆れて溜息をつく。さっきから、会話が成立していない。思わず「何があったんだよ。」という声が口からすべり出た。
聞きたくなどなかったのに。
「え。」
「お前さっきから、全然食べてないだろ」
「ああ、ごめん・・・」
「顔も赤いし。傘忘れて来やがって・・・雨ん中無茶するからだ。風邪ひいたんじゃないのか。」
「そうかな、そういえば。ちょっとぼんやりするし、食欲ないかも。」
にへらっと、笑った。その顔さえ酔ったように赤い。
本当に熱が出ているのかもしれない。
「・・・・いたのか」
「え?」
「あいつ」
「・・・・・・・・・・・うん。いたよ。」
エドワードは、そう答えてスープを掬って口に運んだアルフォンスの唇を、無意識に見つめた。
さっき顔に触れた自分の掌を、弟は振りはらった。
想い人に呼び出されて帰ってきた弟は、ずぶぬれで、すべての会話にまるで上の空だ。
かちゃ、と握っていたスプーンをスープ皿に戻す。
その音にアルフォンスはやっと、はっとした表情でエドワードを見上げた。
「もういい。今日一日家にいたから腹は減ってねえ。お前、温かくしてちゃんと寝ろよ。そのままじゃ風邪ひくからな。」
「うん。ごめん、兄さん。洗い物しとくから。」
がたん、と立ち上がったアルフォンスの体が、ぐらりと傾いた。すぐに机についたけれど、エドワードは見過ごせなかっ
た。
「ほらみろ」
腕を取って、自分の肩にまわさせる。
いいよ大げさだよと騒いだ弟の腕は、驚くほど熱を持っていて、反対にエドワードは焦った。
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