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遠くで、電話が鳴り響いている。それ以外に音は無い。
早朝だった。
部屋は荒れ果てている。
ソファは無残にひっくり返り、テーブルは足が折られてやはり無言で横たわっている。
カーテンは引きちぎられたように裂け、今はただの布切れと化してしまったものが、部屋に吹き抜ける風のある度に
揺れている。
その揺れる布切れの先、朝日の漏れる窓際に、ひとりの男が放心したようにうずくまっている。
金色のつややかだった長い髪の毛はまとめられもせず頭から垂れるに任せている。身動き一つしない。
鳥のさえずる、光満ちる暁の真ん中に、男は佇んでいた。だけども、まるで朝が来たことにさえ気づいていないらしか
った。
遠くで、電話が鳴り響いている。
窓際に座りこんでいたエドワードは、その音が妙に自分の意識に響いたことを不思議に思って我に返った。
電話などとっくに壊してしまったと思っていた。
それどころか世界が壊れればいいと思った。
壊してしまおうと思った。
鈍く光る右腕を、ぴくりと動かして見る。もう動きたくもないのに動こうとすればきちんと機能する自分の体は実に丈夫
なものだ。
「オレの腕よりも、お前の体を先に元に戻そう。その方が先決だ」
そういうと弟は怪訝そうに首をかしげて、それからしっかりと横に振った。
「この賢者の石の量なら、兄さんの腕を元に戻すことなら確実にできるよ、ボクの体を元に戻すのはまた次でいいじゃ
ないか」
エドワードはその言葉に、首を縦に振らなかった。
今しかないと言った。第一、賢者の石をまた得られる確証がないじゃないかと。
必死で手に入れた賢者の石は、ぎりぎり、肉体を練成するに足りるはずだった。何度も計算した、何日も眠らずに、
二人で。何十回に一回の割合で、錬成が失敗するという計算が出た。そのたびにまた構想と計算の連続の中で錬 成陣を書きなおし、絶対に失敗したいという確信が得られるまで何度も計算し直した。
だから。アルフォンスの体を元に戻そうと言ったとき、弟はためらった。
その自身の心配をするよりも「兄さんの腕は・・・どうなるの、いつ戻すの」と呟いたから、エドワードは気付かれないよ
うに小さくため息をついた。
お前の体を戻す方が先に決まってるだろ、俺の腕なんかこのままでもなんとかなるのに
完璧に覚えてしまうほど書き込んで、二人で錬成陣を完成させた。その錬成陣の中央に、弟はいなかった。
悪夢だった。
「アル」
と、かすれた声で呼んだ。
薄く煙が立っている。だけどもそこに転がっているのは砕けた鎧の破片だけで、人体錬成に用意したはずの材料さえ
少しも残ってはいなかった。
「アルフォンス・・・・?」
失敗したのだ
アルフォンスが、失われたのだ
そうだ。すべて壊れてしまえばいいと思った。
すべて壊してしまおうと。
電話は相変わらず鳴り響いている。エドワードは膝に手をついて、立ち上がろうとした。
体がかしいで、膝が笑っているのがわかった。いつからあそこに座り込んでいたのか記憶にない。
バランスを取ることすらばかばかしくて、何度かつまずく。それでも鳴りやまない電話に、歪んだ笑いが出た。
どこから、俺を呼んでいる?
何のために。
もう生きる意味すら失っているのに。
「エド!!」
幼馴染の呼びかけに、エドワードは沈黙で答えた。あらゆる彩りを持った記憶たちが胸にせりあがってくる。それらを
遮りたくて受話器を置こうとした、そのとき
「アルが・・・・帰ってきた」
受話器を持つ手が凍りつく。耳がその音を拾って、喉から初めて、音がこぼれた
「・・・・なにを」
「人体錬成、したんでしょ、そうでしょう。だから!帰ってきたのよ。アルフォンス、が。あんたたちの家に。故郷に」
喘ぐように声が途切れて、聞きとりにくくなる。それでも電話の向こうで叫ぶ少女の声がありありと浮かんだ
「あの木の下にっ。息してる、体温がある・・・!10歳の姿のままで、あれは、アルだよ私にはわかる。アルは、帰っ
てきたのよ」
あの子が、失われたあの場所に・・・っ
最後は聞かなかった。受話器を捨てて足を掻くように走って家をでた。
靴を履くことを忘れた、何度か掌が地面について、自分がまっすぐに歩いているのかわからなくなる。
「もし」
弟の声が聞こえる。10歳の声のまま、閉じ込められてしまった、幼いあの声
「もし、人体錬成が失敗しても。」
―――兄さんは生きて
鎧の体でも、表情を持ってアルフォンスは笑んだ。
「アルフォンスっっ!!」
夜はすっかり明けていて、神々しいほどの光が、エドワードの視界を射している。
道はどこまでも続いているようだ、エドワードはただその道を走った。
裸足で、すべてを投げ出して。
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