極上の・・・






ふっと、機械鎧にさす油の匂いが香る。

その匂いで、アルフォンスは無意識の中にも兄が返ってきたことを知った。
起きなくては、と思う。夕飯に手をかけ過ぎたせいで、調理を終えるなり夕方からソファに横になって眠ってしまったよ
うだ。

ソファに身を沈めたまま兄がリビングに入ってくる気配を待つ。
リビングに置いたソファは絶妙の低反発。さすがエドワードが選んだだけのことはある、と兄弟で評判の逸品だ。

なにをしていたんだっけ、そうだ、ボクは本を読んでいて・・・
ああ、ソファが背中に吸い付いてしまったようだ、意識は起きているのに。
まぶたが開かない。
音は聞こえるのに、こうして考えることができるのに。
なんだか指の一本ももち上げられないような気さえする。
睡眠って、体って、不思議だ。
すごく甘くて、優しい感覚達。
だからきっとこの誘惑に誰もが勝てないんだ。


「ただいま。・・・アル?」
エドワードの声が潜められる。

眠るアルフォンスを見つけたからだろうとはぼんやり考えた。
覚醒しなくては、と思うのに、帰ってきた兄を迎えなくちゃ、と思うのに、それどころか兄の声を聞くと安心が勝ってし
まって、ぐいぐいと無意識の底に引きずられてしまう。

深い呼吸に代わる間際に、油の匂いが一層濃くなって、自分の目の前に兄がたたずんでいるのを感じた。
柔らかい、生身の腕がアルフォンスの額に触れる。
「アル・・・」
あたたかな、兄の声。
気性の荒い、冴えわたっている時の兄も、こんな時の穏やかな兄でも。いるだけで安心してしまう存在。

かちゃ、と、機械鎧が小さく音を立てて、アルフォンスの首の下とひざ裏に腕が差し入れられる。
鼻先には兄のにおいと、頬には高めの体温が触れる。
また、緩やかな眠気が訪れる。

「にいさん・・・おかえり」
目を閉じたまま、そっと告げた。
唇から滑り落ちていく意識と言葉達。とどめたいのに、どうやら無理なようだ。
「起きてたのか?」
ほとんど囁くような兄の声。極力起こしたくないらしい。
どうしてここまで弟の自分には甘いのだろう、とひそやかに笑みがこぼれた。
「ううん、油の匂いがしたから」
ああ、兄さん帰ったんだなあって。

ほとんど夢見心地で、アルフォンスは呟いた。緩やかに笑んだままで。暖かい空気の中で。
兄の匂い、感触、声。
自身のすべてで兄を感じる喜び。

兄は反対に焦ったようだけれど。

「わり、匂いきつかったか」
「ううん、ぜんぜん。すごく・・・」
・・・あんしんする・・・

ゆっくりと、綿にくるまれるように意識が沈んでいくのがわかる。
暖かくて気持ちと鼓動が伝わってくる。

ちょうどこの温度、今ここにある兄という存在から。

「おやすみ、アルフォンス」
という、穏やかな兄の声が降る。



おやすみ、兄さん
今日は夕飯の用意ができそうにないけれど
明日は二人でおいしいミルクティーを飲もう


貴方にも、極上の安心と感覚達を











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