THE NIGHT OF THE TERRORIST













南部行きの列車はひどく込み合っていた。
プラットホームには人があふれかえっている。なんでもセントラルの軍本部がテロリストに占拠され、多数の被害が出
ているらしい。
とばっちりをおそれて故郷に帰る人の波に、私は気おされてしまう。
時間ぎりぎりに列車に乗り込んで、周りを見渡す。立っている人も何人かいる中で、対面式のシートがひとつだけ開
いていた。騒々しいセントラルの町に疲れた私は、その席に殺到した。荷物を網棚に置いて一息つく。
セントラルを発つ汽笛。よかった、間にあった。
にしても何故この席だけ開いていたのだろうかと、隣を見る。

金髪の髪の長い青年が、何か大きなものを赤いコートに包んで抱えている。両腕で、しっかりと縋りつくように抱きし
めている。
何か大切なものでも入っているのだろう。この子も故郷に帰るのだろうか。

滑り出す列車と流れ出す風景。
ああ、疲れたと私はため息をついた。セントラルはやっぱりあまり好きじゃない。どうしても落ち着かないのだ。
故郷に帰れる安堵と、一定の揺れがひどく心地いい。隣の青年も、向かいの夫婦も静かだし。私はゆっくりと目を閉
じた。




いつの間にか夢を見ていた。
自分が眠っているとちゃんと分かっているのに、現実の像から離れて意識だけがふわふわと浮いているような気がす
る。
私には確信があった、自分の夢を、願望を見ているって。
茶色の短い髪の毛が揺れて、私のよく知る男性がにっこりと目の前で微笑んだ。私はすっかり嬉しくなってほほえみ
かえした。あの人が近づいてくる。現実でももうすぐ会える、この列車が駅についたら。

あの人がゆっくりと口を開いて、言葉をつむぐ。私の大好きな言葉。

「愛してるよ」

さっと、水面から急に浮上するみたいに目が覚めた。
軽い寒気を覚える。夢の中の恋人が告げた言葉はいつも通りだったのに、声音がまったく違っていた。酷くこころぼそ
く途方に暮れたような声だった。でもとても現実的で、ごく近い位置から発せられたような。
例えば果てない大地に一人で立ちすくんでいるような絶望を含む、声。

覚醒しきれない頭で周りを見渡して、ここが列車の中であったことに気づく。
乗ってから随分時間が経ったらしい、人がまばらで随分空いていた。窓の外はもう真っ暗になっている。景色も田舎
の景色になって見通しがいい。
席を移ろうと隣に視線を移すと、隣に座っている青年が目に入った。

さっきと変らず、青年は一心に窓の外を見ていた。時々うつむいて何か独り言を言っている。
ある拍子に紅いコートが少しずれて、中に包まれていたものがちらりと見える。

私はぎょっとした。
それは人だった。今までまったく静物のようにびくりともしていなかったのに。
長い前髪を少しだけ揺らして、青年が腕の中の人を抱え直す。腕の中の金髪の頭が、首を思い切り反らすようにがく
りと力なく垂れた。

「アル」

あわてたように、青年が頭を支える。腕の中の人に反応は無い。

ぞっとした、だってどう見ても呼吸のないそのひとはまるで…
私は目を伏せた。多分居合わせては絶対にいけない人の隣に私は座ってしまったのだ。
寒くなった背筋を抱えて、私は席を移ろうとした。

そのとき、あの声が聞こえたのだ。

「愛してるよ…」
私は振り返った。遠慮も何もないくらいその青年を見つめてしまった。

青年は泣いていた。音もたてずに、静かに。
とどまることもないような途方もない涙を流していた。
金髪を揺らして、腕の中の人をもう一度抱き直し、赤いコートに包まれた小さな体に顔をうずめた。

夢の中にまで響いてきた声が誰のものだったのか、そのとき私はやっと理解した。
青年は背中を震わせている。コートの中の金色は微動もしない。
赤いコートに顔をうずめながら、彼は自身の全ての希望とか、夢とか、恐らく生きる意味とかの抜け殻を、その腕に抱
いていた。
そうして果てしない絶望の丘に、独りきりで突っ立っていた。

「愛してる、 ・・・ 」
また、青年がつぶやいた。
だけどもその音は、駅に到着したことを告げる構内放送にかき消された。
私は慌てて席を立った。そこでおりなければならなかったから。ひどく悲しい気持ちで、紅いコートを抱えた青年を振り
返る。

乗客は彼以外もう一人もいない。
彼は、この列車は、一体どこに向かっていくのだろう。
どこまでいっても。地の果てでさえ追いかけてくる黒い影のようなものを見たような気がする。
列車を降りてから、ホームを滑り出した列車を見送る。

あの黒い影は青年自身の絶望なのだ、紛れもなく。
うつむいて背を向けた私の背後で、列車がたからかに汽笛を上げた。

そうして勢いをあげながら、深く暗い夜の底に滑り落ちていった。


















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