|
「はい」
言葉が詰まった。ついでに息まで詰まって、エドワードは慌てた。
「もしもし?」
「アル」
「兄さん?久し振り!」
嬉しそうな声に次の言葉を忘れた。受話器を強く握る。
「あ、の・・・たんじょうびおめでとう」
「わ、ありがと。覚えててくれたんだ!」
「プレゼント、買ったんだ」
エドワードは目線を移して、ラッピングされ廊下に渦高く積まれた荷物の山を見た。
色とりどりのラッピングが、目にまぶしい。少し苦笑した。
アルフォンスの誕生日よりも1ヶ月くらいまえから、いいと思ったものはついつい買ってしまうようになった。車で街を走
って目に入ったもの、それをじっと見つめて弟が気に入りそうなものはあらかた買ってしまう。昨日買ったセーターより も、このブックカバーの方がいいだろう、できるだけ俺を思い出さない方がいい、実用的で、シックなのを。
去年はアルフォンスが使い易いと言った鍋を買って、二人で祝った。ケーキとシャンパンと、二人で作った料理。恥ず
かしいといいながら、アルフォンスに誕生日の歌を歌った。料理と照れるエドワードの前で、にこやかに嬉しそうに微 笑むアルフォンスが鮮明に目の前に思い出されて、熱くなった目頭を押さえる。
「ハボック少尉に渡しとくから…要らなかったら捨てていいから、な。」
「ハボックさんに渡すの?兄さん今忙しいかな。ちょっとでもいいから・・・会えないかな。」
「悪いけど・・・今忙しい」
「そっか。うん、無理言ってごめん。・・・でも、嬉しいな。なんだろ」
弟の声が弾んでいる。エドワードは、受話器をぎゅっと握って目を閉じた。瞼が熱い。
声が聞きたくて、でも自分のことなんか思い出してほしくなくて何度も受話器を握っては置いた。あんまりうだうだ悩む
自分に、思いあまって電話線を切ってしまったときには、次の日何度も電話をかけてきた部下に嫌みを言われた。
「じゃあな」
「あ、兄さん。」
ん?
と、問い返した声が震えた。
「・・・」
「・・・」
少しの沈黙を待つ。静寂の中にアルフォンスのためらったような息遣いが聞こえる。受話器に耳を押し付けるように、
エドワードはアルフォンスの呼吸を聞いた。
「・・・やっぱり、いいや。」
何をためらったのだろう、聞き返そうかと迷って、でも問いただすことになってしまいそうで辞めた。
「兄さん。ありがとう。」
エドワードの記憶の中の、アルフォンスがふわりと微笑んで、エドワードは唇を噛んだ。
「あぁ。」
耐えていたのに。
受話器を置いて、うずくまる。顔を拭ったら、青い袖が目に入ってまだ軍服を着替えてもないことに気づいて苦笑し
た。
苦い笑顔のままで、だけど心が暖かくて、もう一度笑む。
今頃、弟も受話器をおいているだろうか。少しでも、喜んでくれて居るだろうか。
廊下に荷物に向き直ってよし、と気合いを入れた。
「どれがどれだっけ…」
まだ、アルフォンスに贈るものを決め切れていない。
「アルに渡してくれないかな」
次の日、ころあいを見て呼び出した相手は、呼び出されるなりタバコを取り出して、苦い顔をした。
短い金髪と細見なのに、弟とは全く印象が違う。その腕が弟の肩に優しく触れていたことをまた思い出して、エドワー
ドはつい視線をそらした。
「昨日、あいつ誕生日だっただろ。」
「ああ。聞いてる、あんたからプレゼントもらえるって喜んでた。」
エドワードはふと顔を挙げて相手を見た。「あのさ」と言って、ハボックはろくに吸っても居ないタバコをいらだたしげに
地面に捨てた。
「本人が喜ぶからいいけど。できればあんま関わらないでくれないスか。あいつ …もうすぐ右目も見えなくなる。」
その言葉を噛むように理解してから、エドワードは一回、はっきりと瞬きをした。
口を開けて、空気を吸ったけれどなんの言葉も出てこない。
「片目が見えないともう一方に負担がかかりすぎて両方見えなくなるそうだ、もうほとんど見えてない…。」
ハボックの声が遠い、目の前がくらくなって、ただ最愛の弟の笑顔が浮かんだ。その笑顔に贈るはずのプレゼントが
やけに重い。
アルフォンスの、目が。見えなくなる?
あの、優しい、目に入るものすべてを愛でてしまうようなそんな、目が。
あの金色が、みえなくなる?
「なぁ、あいつが一体あんたに何をした?」
はっとして、ハボックの青い目を見つめる。
「悪いけど、恨まずにはいられないんだ。今でも時々、うなされて飛び起きたりしてるし…」
ハボックはそこで言葉を切って、大きな手で自分の顔を覆った。エドワードはその大きな細かく震える手を呆然と見つ
めた。あるいは震えているのは自分かもしれない。
「隠してるけど時々吐いてる。昨日も電話であんたに会いたいって言ってたろ…視力があるうちに見ときたいんだろう
な」
でも、頼むから会わないでくれ。
そう、はっきり呟いてからハボックはぐいっと顔を拭った。
悪いけど、それも受け取れない。
吸っていた煙草を地面に落として、靴底で乱暴に潰す。そのまま、立ち去っていく広い背中を見つめているようで、で
ももうエドワードの視界にはそれすら映っていない。
自分の呼吸が煩い。つばを飲み下してから、頭が真っ白になった。頭が真っ白になると、あの笑顔が浮かんでしまう
のはもう、癖になってしまっている。
「なんで・・・なん・・・」
あの笑顔を、あの安らぎを叩きつぶしたのは自分自身だ。
足が動かなくなる。自分がここに居る意味を、もうこれ以上見出せない。
この二本の脚でさえ、残された生身の左腕さえ。重くてたまらない。
|