君を呼べる黄昏

(七)








「アル、ほら」
といって、兄がよこしてきたのは小さな小さな、生まれたばかりの猫だった。
アルフォンスは本当に驚いて、震える子猫と嬉しそうに笑う兄をまじまじと見比べる。



「どうしたんだよ、この仔。」
「お前、鎧のころから猫飼いたがってたろ。それを思い出してさ。今なら飼えるだろ、ちゃんとお前が、その猫が死ぬ
までめんどうみるんだぞ。」

ああ、また。これは正気じゃない。
そう思って兄を見つめると、弟の真意もしらず、兄は照れくさそうに笑った。

「飼えないよ、わかってるだろ。」
自然、アルフォンスの目の色が曇る。
兄と猫を残していくなんて。それは猫を見殺しにするようなものだ。
エドワードは結局、つなぎとめたくてつなぎとめたくてしょうがない弟を、自身の持ちうるあらゆる要素で引き留めようと
している。

可哀そうに、腕の中の子猫は本当に生まれたてらしく目も見えない様子で震えている。親猫と無理やり引きはがして
きたのかもしれないと、あわててタオルとお湯を用意して、小さな体をゆっくりと擦った。
その子猫は黒い体を大きく揺らして、小さな、本当に小さな声で「みゃあ」と一度だけ鳴いた。怯えた瞳がゆっくりと開
かれる。思いのほか強い眼に、アルフォンスは安堵の息を吐いた。

「猫にばっかり構うなよ?」
兄はまた小さく笑う。アルフォンスはさっと青ざめた顔で、キッチンでコーヒーをグラスに注ぐ兄を見つめた。

アルフォンスが消える、ということが分かってからエドワードの世界は多少なりとも壊れてしまったようだった。
アルフォンスの姿が見えないとどうしようもなく不安になるらしく、急に癇癪をおこしたり、夜になるとときどき起きだし
てアルフォンスのベッドに潜り込んできたりを繰り返している。潜り込んでくるなんて以前はごく普通のことだった。ア
ルフォンスがむしろほっとしながら目をさますと、兄は震える腕でアルフォンスを抱きしめる。それだけで、何もしない。
小さく弟の名前を呼び続ける、そのまま朝を迎えたりもする。
最近はこんな風に、弟を繋ぎ止めうる要素をもつものを何でも買ってくるようになった。

植物、ひどく手の込んだキッチン用品、そして、猫。


手元の子猫を見つめた。
視界が揺らめいた気がして、ゆっくりと瞬きをして見る。
「今日は雨、降らないみたいだな」
エドワードがリビングに入ってきて、ソファに座りもせずにアルフォンスを見つめる。
最近は、息をつめるようにじっと見つめてくるから、視線が少し痛い。

兄も随分やつれた。本を前にすると没頭してしまって、食事を抜くし、眠らない。
近頃はその傾向がもっと激しくなった。病的といってもいい。

こんなのは傲慢だけど。
アルフォンスは思うのだ。

去っていくものが、追われるものがこんなことをいうのは傲慢だけど。
できれば、以前のようにきらきらした兄をもう一度見たい。

「今日は外に出て、散歩でもしようか」
そういうと、兄は首をゆるく振った。
「研究」
「そんなに根つめることもないだろ」
それにはもう返事が返ってこなかった。書斎に向かう背中を見つめる。

ゆらめいていく
ああ、もう時間がないのだ。どうしたって

どさり、とおおきな音がした。がしゃん、と同時に何かが割れる。
アルフォンスは頭を振って立ち上がり、揺らいだままの視線で兄を探した。

「にいさん・・・?」
















8へ

トップへ
トップへ
戻る
戻る