センスレス












「よお、アル!」
兄の明るい声に、アルフォンスは勢いよく振り返る。ひどく乱暴に軍服を着こんで、無邪気に手を振るエドワードを視
界の中に認めると知らず笑顔になった。兄のこんなに明るい顔は本当に久しぶりだ。

爆破事故の処理をした日以来、兄のアルフォンスへの接し方は少し変わった、と思う。いつの間にか「アルフォンス」
ではなく「アル」と呼ぶようになっているし(きっとハボック少尉が呼んだのを聞いたのだ、そして短いほうが手っ取り
早いとでも思ったのだ)、何より笑顔が多くなったと思う。
失われてしまった日々が遠く弧を描いて戻ってきた気がして、アルフォンスは嬉しくてたまらない。

「おはよう、エドワード。」
兄を名前で呼ぶことにも随分慣れた。着慣れない軍服にも、軍の監査部で行われる事情聴取にも。
「アルさ、」
「うん?」
「お前、大佐と住んでるんだって?」
ばさばさばさっ、とアルフォンスの腕から資料が落ちた。
硬直して動けないアルフォンスに、エドワードが驚く。
「アルフォンス・・・その資料、昨日お前が大切にしろっていってなかったか」
「ああっ、ごめん、つい。」
急いで拾いにかかる。エドワードも手伝って二人でかがみこんだとき、なんとなくエドワードの視線が気になって目を
そらした。
「・・・誰に聞いたの」
「大佐から。お前の朝ごはんはうまいって、すげー自慢してた」
「そか。」
ファイルを持ち直して、二人が歩き出す。長い軍部の廊下で、何人かの若い軍人が二人に敬礼した。
軽い会釈を返しつつ、会話を続ける。
「養子っていうのは聞いてたけど、一緒に住んでるのは知らなかったな。」
「うん、一緒に住んでるとはいっても、ボクは家政婦みたいなものなんだよ。家事全般を引き受けてる。」
「あいつと暮らすのは大変そうだな。」
「んー、そうでもないよ、意外と気を使ってくれてるよ」
誕生日に花を買ってきてくれたり、時々は早く帰ってきて外食したり。とは、まさか兄には言えない。
「じゃあ、飯作ってんのか、お前が」
「うん、軍に正式に入るまではお世話になりっきりだったからね。車で送ったりとかもしてる。」
「こき使われてんなあ」
「そうでもないよ、せめてもの恩返しだよ」
兄の変わらないマスタングへの態度に笑いがでた。きっと、「上司」そのものが気に入らないのだろう、と昔のエドワ
ードを思い出す。
「なんなら、エドワードも家まで送るよ。今日は大佐と上がりが一緒のはずだから。もし大佐が定時で上げられれば、
ね。」
「無理だな」
「だよね」と言いながら笑う。
会話、軽口、エドワードの笑顔。
アルフォンスは満足げに微笑んで、視線を廊下に戻した。

「あれ。おい、首、虫に刺されてるんじゃないか?」

ばさばさばさっ。
さっと、アルフォンスの首筋が赤く染まる。手で咄嗟に覆い隠されたから、反応への違和感はエドワードが意識する
前にかき消されたけれど。

「アル・・・資料。」
「わわわ、ごめん」

お前ちょっとずれてるよなーとエドワードが何故か得意げに笑っている。
「ちょっとじゃないよ、結構ずれてるんだよ。」ととりつくろった。

午後、執務室での作業を二人で行っていると、
「軍の食堂はろくでもないな」
とおもむろに彼らのろくでもない上司がいいだした。
この上司とは極力、意味のない会話は持ちたくない。
エドワードが無視を決め込んでいると、隣にいたアルフォンスが代わりに答えた。

「そうですか?ボクは嫌いじゃないですけど。」
「お前は雑食だからな。食材がもったいないとか言って。しかしあれは金を払って食べるものではないぞ」
「じゃあ、どこかのデリバリーをとればいいのでは?」
「お前は私の弁当を作ろうという気は全くないのか。」
「・・・おい」
「弁当ぉ?」

「おい!!」

手元の資料に、拳を叩きつける。
なんだその夫婦のような会話は・・・!!!

「なんだ、うるさいな。今私たちは家族会議中だ。」
「何言ってるんですか、こんなところで何が家族会議だか。」
「親子の会話は家に帰ってからやれ。」
渋い顔を作って資料に目を通そうとするエドワードを知ってか知らずか、アルフォンスがポン、と掌をたたき合わせた。
「ああ、じゃあ大佐。今日の仕事を残業なしで終わらせられたら、明日弁当を作るって言うのはどうですか。」
「よし、約束は守れよ。」
「ははは、できるわけないじゃないですか。」




そんな会話をしたのはつい三時間前のはずだ。とエドワードは首をかしげた。
向かいの壁に掛けられた時計が午後5時を指している。あと30分もすればふだんは全く関係無い「定時帰宅」が、今
日はできるはずだ。

上司が嬉しそうな顔でソファに足を組み、はははと笑っている。
「明日はアルフォンスが作った弁当か。楽しみだ」
「そんなことでこんなに早く仕事が片付くなら・・・毎日作りますよ。」
アルフォンスがそういうと、マスタングは両手をパンと叩いて胸を張った。
「よし、みんな喜べ、明日から残業なしだ。」
「・・・大佐、単なる言葉のあやです、忘れてください。」
「お前まさか、約束は破らんだろうな。」

アルフォンスが一つ溜息。机に肘をついて、頭を支えてからマスタングを見た。
「わかりましたよ、作ればいいんでしょう、明日はお弁当を作ります。」
それから振り向いて、首をかしげるエドワードにも向き直る。

「エドワードはちゃんとご飯とか食べてる?」
「あー、家にあるものを・・・」
「・・・栄養のあるものを、だよ」
「別に。食えればいいからな。」
「じゃあ、君にも作ってくるよ。がんばったもんね。」
「え・・・」
あれ、と思う。男に、弁当などを作られて、なんとなく嬉しく思うなんて。
肘を机についたままのアルフォンスが、微笑してこちらを見ている。つい釣り込まれて、エドワードも口の端を上げる。
こんな感情は久しぶりだと思う。
気持ちが高揚する。この間の、青空とアルフォンスのコントラストを思い描く。
目を細めた。

「ああ、サンキュー」






定時帰宅が決定して、執務室を退出した。退出したときはいなかったアルフォンスを、なんの気なく探す。

午後の会話のためか、不意に食堂に目が行った。カフェテラスになっているところで、アルフォンスが書類をにらんで
いるのが目に入る。何か煮詰まっているらしい、いつになく険しい表情に、笑ってしまう。

「よお。」
「あ、に・・・・・・・エドワード。」
エドワードを見上げた、アルフォンスの笑顔があまりに朗らかでむしろエドワードが驚いた。
あんなに集中していた作業を中断させてしまって悪いと思いながら近づいたのに。
自分は歓迎されている、と直感的に思えるほどの笑顔だった。、そうして今までの、人から向けられていた視線を思
い出す。
椅子を引くふりをして顔を伏せた。アルフォンスの向かいの席に着く。

「・・・何、読んでるんだ?」
「ああ、昨日の事件の報告書だよ。新人に任せたら、なかなか校正が大変だ。」
「そか」
「エドワードは?」
「いや、帰ろうと思ってたとこだ」
そういって、本を開く。アルフォンスがいつものようにゆったりと笑って、また資料に視線を戻した。

どのくらい時間がたったのだろう。本を読むつもりはなかったのにあまりに集中してしまって、読み終わってしまった。
こんなことは久しぶりだと、周りを見渡すと、あたりが暗くなっている。
「うわ・・・読みすぎた。」
確かに目がしぱしぱする。目がしらに指を当てて、もみほぐしているとコトリ、とテーブルに何かが置かれる音がした。
「読み終わった?」
「・・・アルフォンス、お前、まだいたのか。」
アルフォンスが苦笑した。作業はとっくに終わっていたらしく、机の上はすっかりきれいになっている。

どれだけ自分を待っていたのだろう。

「コーヒーでも飲みなよ、大佐はあんなこと言ってたけど、ここのコーヒーだけは美味しいと思うんだよね。」
見下ろすと、白い素朴なカップにコーヒーが入れられている。砂糖があるのにミルクは無い。
「・・・サンキュ」
「うん。」
アルフォンスのカップをみると、カフェオレといえるほどのミルクが入っている。おいしそうにそれをすすりながら、こちら
に目を向けたアルフォンスと目が合った。
「どう?」
目が細められて、こちらを見てくる。つい、笑ってしまった。自分でも不思議なくらい自然なほほえみだった。
「うまいよ。」
「だろ?」
誇らしげな笑み。いつもはひっそりとした雰囲気のアルフォンスはよく、力強く笑う。
コーヒーのカップから、それを包んでいた手に温度が伝わる。掌がじんとして、もう一口飲んだ。
カップを握るアルフォンスの指が目に入る。
男なのに、細くて白い指をしているなと思う。

触れてみたい。

その考えをブラックのコーヒーと一緒に一気に飲み干した。
「何してるんだよ」
苦さにむせると、向かいのアルフォンスが笑う。

なんで、こんなにあったかい?

「コーヒーもう一杯、のみてえな。」
「残念。もう閉店のところを、無理やり一杯もらったんだよ。」

だったらもっとゆっくり飲めばよかったと思う。


ずっとこうしていたい。











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royal!
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