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「アル、今日誕生日だろ」
と、出掛けに言い出したのは兄だった。
弟の方はと言えば、ぱちくりとした顔で兄を見つめている。ちょこんとはねた寝癖も、起きたままの恰好で頭の上に落
ち付いたままだ。
ちょうど今、パジャマ代わりのTシャツを着替えようとしていたところだった。
「・・・そういえば。」
何を言い出すかと思えば。ちょっと眠たそうな顔で、アルフォンスは考えた。確かに今日は自分の誕生日だ。他人の
ことに全く興味のない兄に指摘されて気づくなんて。
「じゃあ、はれて二十歳だな。今日一緒に飯くおーぜ。酒飲もう。」
兄はにかっと笑って、大学終わったら駅で待ち合わせしよう、と言う捨て台詞を残し家を出て行った。なんだか金色の
残像がまだ玄関に残っている気がする。
アルフォンスはぽかんと玄関の扉を見つめた。思い直したように自分のシャツの裾を掴んでガバリと一気に脱ぐ。
兄の得意そうな、あの笑顔が浮かぶ。思わず笑顔になって、打ち消すように首をぶるぶると振った。
「ひとの気も知らないで・・・」
一人だから、つい思ったことがそのままこぼれてしまう。
兄に連れられてきたレストランは、思ったよりずっと高級なものだった。
「ボク・・・パブか何かかと思ってた。正装してないよ、大丈夫かな。」
「いいよ、了解は取ってる。」
そういって、ずかずかとレストランに入っていく、さらにきっちりと予約まで取っていたらしい兄に丸い眼を見開いた。タ
キシードのよく似合うボーイが席を引く。あまりに想定外で、きょろきょろしていると、向かい側のエドワードが面白そう に笑った。
料理は軍のパーテイでも食べたことのないほどの高級料理だ。
「どうしたの、兄さん。」
「何が」
「ボクの誕生日くらいで、こんな。驚いた。」
「アルの誕生日だからだろ。」
「誕生日、おめでとうな、アルフォンス。」
兄が笑う。
店内のオレンジ色のライトが長い金色の髪をきらきら照らして、アルフォンスは思わず一回だけ、瞬きした。
「なんだよ、きょとんとして。」
「んーん。」ふるふると首を振って、当たり前のように運ばれてきた大きなケーキに目を落とした。ケーキのプレートに
ははっきりと祝いの言葉と、アルフォンスの名前が書き込まれている。
「ありがとう兄さん。」
素直に、純粋に感謝の気持ちを込めて笑顔を返す。
運ばれてきた飲み物は、少しとろりとして琥珀いろだった。店員に疑問の視線を投げると、何故か兄が弟に返事をす
る。
「ワインだよ、白ワイン。今日の飯は魚だったろ、白ワインは魚料理に合うし、ちょっと甘めの選んでる。」
「へえ。きれいな色だね。」
透明で、澄んでいて。
じっとワインを眺めていると、透けたグラスの向こうで兄が目を細めて微笑んでいる。保護者の笑顔だなあとアルフォ
ンスはグラスをテーブルに置いた。
20歳になった。
そろそろ伝えてもいいだろうか。
こんなに強い感情で胸に迫っていて、時々どうすればいいのか分からなくなる。
自分と兄は繋がっていたこともあって(今もつながっているのかもしれない、そこらへんのことはもはや誰にもわからな
い。)、この感情は自分の一部を求める本能のようなものなのかもしれない。
だけど、いつも同じ視線でものを見て、海の底から引き揚げてくれるみたいに自分を救い続けてくれた人を、愛さずに
いることなんかできっこない、と思った。そしてこの気持ちを隠すこともできるはずない、と。
グラスを見つめる。透明で、澄んだ液体が揺れる。
「飲んでみろよ」とはやす兄をもう一度見た。
酔ったことが無いからわからないが、「酔った勢いで想いを告げる」というのはひどく卑怯な気がする。
「兄さん」
息を吐く。ぐっと力を込めた。お腹と、指に。
グラスを握る手が白くなる。
兄を見つめると、「ん?」という優しい返事と視線が返ってきて胸がぎゅっとした。
たくさん与えてもらってきた。いたわりと、いつくしみと。
伝えなくては。
「ボクさ・・・ボク。兄さんのことが好きなんだ、愛してるんだけど。」
こ、恋人としてみたいなんだけど・・・。
珍しくどもった弟の切なる告白を耳に受けとって、兄は弟を見た。
グラスを握ったまま、また視線を落としたくるくるとした眼が可愛い、可愛くて仕方がない・・・・・・・・・って、今弟はな
んていった?
「ん??」
とエドワードはやっと答えた。
アルフォンスはぱっと顔を上げてエドワードを見た。くしゃりと、泣きそうな笑顔になる。
「でも、兄弟だもんね」
眉をすこししかめて苦笑いした弟の、突然の言葉に返事もできない。
そうして、次の瞬間口を開いたのは弟の方だった。
「いざ!アルコールバージン喪失!!」
突然、勇ましくアルフォンスがそう宣言して、グラスを握りなおした。エドワードがぽかんとしている間に、一気に飲み
干してしまう。あわてたのはエドワードだ。
「わ、ばか、お前そんな飲み方したら・・・」
告白の余韻とか、ましてや返事のタイミングとかを一切与えずに、アルフォンスはグラスをテーブルに置いた。
瞬きを何度かする。くるくるとした眼が、いつもよりもっと輝きを帯びていて、エドワードにはまぶしいほどだった。
だのに。
「わ、すごい。熱い。ぐるぐる・・・」
そう言って、大きな瞳が閉じられようとしている。アルフォンスの顔が真っ赤になって倒れこむ直前、エドワードがぱっ
と反応して、必死に体を支えた。
「おっ・・・!馬鹿アル!」
すぐに車を呼んで、病院に行きますかという店員の申し出を断った。少し多めに会計を支払って、アルフォンスを
抱えるように家に帰る。
ベッドに落とすと、弟は意識があるのかないのか、苦しそうに何度かむせた。エドワードはそれにちょっとあわてて、
注意深く観察した後、思ったより顔色も悪くないことを確認して、小さく息を吐く。
無茶すんな。短く切りそろえた髪の毛を掻きあげるように撫ぜる。弟は少し苦しそうに呼吸しながら、でも目覚める気
配もない。
そうして、やっと安心してから、弟の一大告白を思い出した。
先ほどよりも緩やかに、アルフォンスの金髪をなでる。ふわふわした髪の毛が愛おしくて、今度は頬に触れた。
暖かい。
胸が熱くなる。こんなに大切に守りとおしてきたものが、胸に抱いてきたものが目の前にある。
「俺も好きだ」
明日になったら、今度は俺が言うから。と、耳に直接届けるように囁いた。
どうしようもなく愛おしい、溢れだしそうになる。赤い弟の唇に唇を寄せようとして、でも額にそらすことで我慢した。
こんな風にはじめてのキスするのは心底もったいない、明日の朝に取っておこう、と心に決めた。
「いざ。アルコールバージンそうしつ・・・」
呟いてみた。アルフォンスがあんな風にふるまうのは、本当に自分を失ってしまっていたからだろう。
可愛くて仕方がなくて、ひそかに笑いがこみ上げてきた。
くくく、と笑いをこらえて無邪気に眠る弟を見つめる。
金色の長いまつげが少し揺れて、「ん・・・」と声をこぼした。
ああ、本当に。
愛おしくて、今夜も眠れそうにない。
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