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シャワーを浴びて、髪の毛を乱暴にタオルで拭いていると、リビングのソファに座るアルフォンスの背中が見えた。
「アル。帰ってきてたのか。」
「あ、うん。ただいま。」
いつも微笑を絶やさない弟が本から上げた顔は真顔だった。
「遅かったんだな」
「うん、ちょっと研究内容について教授と話が盛り上がってね」
アルフォンスがこちらをみてにこりとほほ笑んだ。エドワードはそれに微笑み返して、水を飲もうとキッチンにはいる。ソ
ファの前を通り過ぎたとき、アルフォンスがいつにない真剣な目つきで本を読んでいることに気づいた。
「何読んでんだ?」
「マルコーさんの本。兄さんも前に読んだことあるよ。」
なんとなく、アルフォンスが焦っている様に思えた。いつもまとっている穏やかな気配が、今日は少しだけ、しんと研
ぎ澄まされている。
読んでいた本を閉じてソファから立ち上がろうとしているところに立ちふさがる。自室に続く階段への退路をふさいで、
アルフォンスを見た。
「最近、学校遅いな。試験でもあるのか?」
「・・・いや、ちょっと調べものしてるだけ・・・」
エドワードの眉間にしわがよる。
何を隠している?
「マルコーさんの本って。賢者の石に関する本だろ、セントラルにあった。・・・何調べてるんだよ。お前、最近なんか必
死で調べてるよな。」
「もう少し・・・」
「あ?」
「もう少しなんだ、もう少しでわかりそうなんだよ。」
真摯な眼が見つめてくる。兄はそれだけで、弟が何を調べているのかわかってしまう。
鈍く銀色に光る右腕を持ち上げて、軽く握ってみる。この腕は、弟の魂を引きとめるためには失われるべきだった。
なんにも後悔なんかしてないのに。
「馬鹿。やめろ。」
あきれてそのままキッチンに向かった。エドワードがグラスをとって、水を入れている動作を追うアルフォンスの視線
を、背中に痛いほど感じる。
「兄さんはこの体を元に戻してくれただろ。だから兄さんの腕もボクが戻したいんだ」
アルフォンスが、兄を追ってキッチンに入ってくる。エドワードはグラスについだ水を一息に飲み干した。シンクにグラ
スをおくと、コトリという音が響く。
「言ったろ、オレはもう右腕なんかいらないって。」
そう告げてアルフォンスを振り返った瞬間、自分めがけて振り上げられたアルフォンスの腕が見えた。
鈍い音がキッチンにこだまする。頬を殴られたうえ、背中まで打ちつけた。尻もちをついて、小さく「いってえ」と悲鳴を
上げた。いくらなんでも横暴だ。
座り込んだ姿勢で怒鳴る。
「あにすんだ!!!」
アルフォンスはもう、エドワードに背を向けていて、キッチンを出ようとしていた。
その背中が弱い。
エドワードは静かな気持ちで、できるだけ優しく。弟を呼ぶ。
誰よりも、何よりも、いとおしい存在。
「アル。」
アルフォンスが歩を止めた。ドアノブを掴んだままの手が白んでいる。エドワードは緩慢な動作で立ち上がって、後ろ
から、抱き締めた。
「兄さんは、卑怯だ」
「ごめん」
「僕だけ肉体を戻しておいて、自分はそのままでいいなんていうのは。・・・それは傲慢だ。」
「ごめんな」
弟の体から伝わる優しい体温が心地いい。
心持震えている肩に、自分の額を載せて、エドワードは口を開いた。
「でも、何よりも、だれよりもお前が一番大切なんだ。俺の腕はお前の魂と引き換えだろ、だからなにかあったらと思う
と怖いんだよ。怖くてたまんねえ。おれはお前さえいればなんにもいらない。」
何にも、いらねえんだ。
アルフォンスの揺らいだ呼気が、肩越しにエドワードの額に伝わる。
息をしている、
震えている、
涙している。
「好きだよ」
もう一度言った。何度も今までずっと、伝えてきた声で。
その全身を懸けて、守りとおしたその存在に。
「怖くなるくらい、今が一番幸せなんだ。だからお前も俺も、このままでいい、このままがいい。」
好きだ、アルフォンス。
ドアノブに掛けられた手が、エドワードの機械鎧の手の上に重ねられて、エドワードは熱い眼を閉じた。
「・・・うん」
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