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三年前から付き合いだした私の恋人は、とっても変な人だ。まあそこにひかれて付き合いだしたのかもしれないが。
どうして三年間も付き合っているのか、正直自分でもよくわからない。ただ、とんでもなくアンニュイな、とんでもなく顔
のいい男で、そうしてとんでもなく弱さを持った「放っておけない」人だった。
私の恋人の名前は、エドワード・エルリックという。
彼に出会ったのは軍部で、その時私は単なる事務処理をしている書記官だった。
エドワードエルリックは、軍部でとても目立つ存在だった。金目金髪でひどく眼付の悪い、まさにチンピラのような男だ
った。だけどとても無邪気で、私たちが出会ったころはまだ、明るい男だったように思う。
二年前、そんな私の恋人は急に人柄が変わってしまった。三ヶ月間も音信不通で軍も無断欠勤していたから、いい
加減どうしたのだろうと思っていたのだが、ある朝急に出勤してきた姿を見て驚いた。
「エドワード・・・」
振り向いた姿はやせ細って、目の下に濃い隈ができていた。きらきらと強い光を放っていた目も、髪の毛すら、輝きを
失ってしまっていたことを覚えている。そして、本当の腕のようにしなやかに操っていた機械鎧を外してしまっていた。
エドワードは片手で生活するようになっていた。
三ヶ月間の間に何があったのか。エドワードは何も言わない。恋人の私に何も語らない。
言いたくないのだから、聞かない方がいいのだろう。
だから私も聞かない。何一つ。
私は時々エドワードに食事を作りに行く。あの男は放っておくと食事をしなくなり、気持ちがどんどんどん底に落ちてい
くらしい、だから世話を焼きに家によく行くのだ。
その日の夕方、じめじめとしていると思ったら急に雨が降り出した。
両手に抱えた紙袋を持ち直して、エドワードの家に急ぐ。
「ああっ、もう!濡れたわ!って・・・あれ・・?君は」
「あ、こんにちは」
買い物袋を提げて、恋人の家の玄関を開けると、「好青年」を絵にかいたような金髪の男の子が立っていた。
今まさに玄関から出ようとしている体制で、私をきょとんと見つめている。
「あの・・・」
「・・・ああ!」
私はしばらく考えて、微笑んでみた。
「君、アルフォンス君でしょう!エドワードの弟の。」
「わ、なんでわかったんですか。」
初めて会ったのに、その青年はふんわりとほほ笑んだ。花がほころぶような優しい笑みに、なんだか私も嬉しい気持
ちになる。
警戒心というものを持たないのだろうか。そういう私も持ってはいないが。というのも、その青年が警戒心を持たせな
いような雰囲気を持っているのだ。
「あ!あなたは兄さんの恋人ですね!えっと・・」
「マリアよ」
アルフォンス君が楽しそうに笑う。
「想像していた通り、きれいな人だ!」
上手い子だなぁ、本当にエドワードの弟だろうか。エドワードが私をほめてくれたのなんて、この短い金髪と(彼は私
の髪が一定の長さになると切れ切れとうるさいのだ。)金色の目くらいだ。
「うまいわねー」と言いながら、玄関を上がる。アルフォンス君は本当に自然に荷物を持ってくれて、キッチンのテーブ
ルの上に置いた。
「今帰るところだったの?おいしいクッキーがあるのよ、エドワードももうすぐ帰ってくるし、ゆっくりしていったらいいの
に。」
そういうと、青年は形の整った目を伏せて「今日はちょっと約束があるんです。」と苦笑いした。
また次の機会に。という言葉をそえて。
「じゃあ、ボクもう帰りますね。マリアさんに会ってすごく安心しました。」
一体何に安心したのか聞こうとしたら、突然玄関のドアが開いた。
「アルフォンス・・・!!」
エドワードがつんざくような声でどたどたとキッチンに入ってくる。
「アル・・・!来てるんだろ!!?。」
あんた、恋人も来てるわよ、恋人も。
エドワードは、荒々しくキッチンに入ってきてアルフォンス君の姿を確認したら、ぴたりと動かなくなった。
言葉に詰まって、気の毒なほどだらだらと汗をかき始めた。
エドワードがこんなに感情丸出しなのは初めてだわとまじまじと見つめた。
家族ってこんな力があるんだ。
「どうしたの、エドワード」
「アル・・・!」
エドワードが一歩踏み出す。そんなに拳を握ったら、傷ついちゃうわよ。もう片方しかないのに。
「あ、兄さん。ごめん、すぐ帰るよ。」
「・・・マリア。悪ィけど、帰ってくれ」
「え」
なにそれ、弟から視線も外さずに捨て台詞?
「兄さん何言うんだよ。雨も降ってるし、ボクが帰るよ」
私はため息をついた。家族で何か話したいことがあるなら、ここで帰らなければ無粋だろう。
「いいわよ、こんなのはいつものことだし。帰るわ。傘、借りていくからね。」
「じゃあボクが送るよ、マリアさん。ボクも帰ろうと思ってたところだし」
「アル!」
アルフォンス君は、「はあ。」と心持大きめに溜息をついてエドワードに向き合った。
「兄さん。マリアさんがせっかく来てくれたのに。ボクの事は放っておいていいから。ただ忘れ物を取りに来ただけだ
からさ。」
「何、本当にこの子、あなたの弟さんなの?」
信じられない、あのエドワードの弟がこんな常識ある礼儀正しい子だなんて!
「待てよ、アル。頼むから」
弟さんはエドワードの声も聞かずに玄関に向かって行った。私もなんだかエドワードと残る気になれなくて、弟さんの
すらりとした背中を追う。
アルフォンス君が傘を二本取り出している間に、扉を開ける。雨は、まだやんでいないけれどそれほどひどいわけで
もない。
「あの・・・アルフォンス君、いいの?エドワードはあんなに君を止めたがってるけど。」
「あ、大丈夫だよ。本当にボクももう帰ろうと思ってたところなんだ。」
アルフォンス君は素早い身のこなしで靴紐を締め、扉を開いた。
今まさに玄関に追いついたエドワードの、彼を呼ぶ声が聞こえる。
エドワードは、あんなに感情豊かだったんだ。知らなかった。
結局、アルフォンス君はエドワードの懸命な呼び掛けを振り切って帰宅を決め込んだらしい。帰りがけ、二人でたわい
もない話をしながら、傘をさして歩いた。誰が私の恋人なのか錯覚してしまうくらい、穏やかで久しぶりにやさしい時 間。
道にいる猫の話。(彼は本当にふらふらと猫に釣られて道端にかがみこんでしまうので、約束があるんでしょう、と思
い出させるのは一苦労だった。)
最近作ったレシピの話。
突然雨脚が強くなって、二人でパン屋さんの軒下で雨宿りした。
「すごい雨ね」
と呟く。
すると突然「マリアさん」とアルフォンス君が向き直った。
「兄さんとお酒を飲んだことがある?」
不意に尋ねられた突飛な質問に間抜けな返事を返してしまう。
「なに、とつぜん」
「兄さんにはお酒を飲まさない方がいいよ、絶対に」
さっきまで穏やかだった青年が、急に精悍な印象に代わる。強いまなざしはまるで刺さるようだ。
「何、何々、あの人お酒飲めるの!!?」
「飲んでないんだ」
「見たこともないし、お酒が出てくるとすぐに席を立つのよ」
「そっか・・・よかった」
「兄さんはものすごくマリアさんを愛してるよ」
「やめてよ。全然そんなこと感じないもの。愛って与え合うものでしょ。」
「与え合うものか・・・ボクはそこにあるもの、だと思うけどな」
いとしい、とかって気持ちは、いつの間にか生まれているものでしょう?
青年が笑う。
ゆっくりと。心が溶解していくのがわかる。
だってそうでしょう、恋人同士の会話って、たとえばこういうものでしょう。
突然ひどく虚しい表情で見つめられたり、一緒にいるのに存在を忘れられたような気持になんて、ならないはずでしょ
う?
私はその青年をまじまじと見て、ふっと笑った。
あれ、そういえば私たちはよく似ている。おんなじ金色の髪と金色の目(珍しいものなのだ)、多少長さは違うけれど
私もショートカットだし。
性格はこんなに違うのにね。
「あー、きっと、あなたを好きになっていればよかったのね」
ふ、とアルフォンス君もほほ笑んだ。本当に素敵な、透明感のあるほほ笑みで。
「それはそれで、苦しいよ、きっと」
「何よ。兄弟で恋人にしたら苦しいの?」
「ボクの恋人、男の人だもの」
「あ、そうなの?」
「驚かないね。」
「いいんじゃない?今更同性カップルなんて珍しくないじゃない」
ああ、でも残念だわ、あなたみたいな素敵な男の子が、男の人と付き合ってるなんて。だからさびしい女の子が増え
ていくのよね。
笑ってみせると、アルフォンス君の大きな金色の瞳がきょとんとした表情で私を見つめた。その顔の向こうで、雨がや
んでいるのを私は発見する。
パン屋の屋根から、手を差し出す。さっきまでのさすような土砂降りがうそのようだ。
「雨、止んだみたいね。」
「本当だ」
雨がやんで開けた視界に、視線を遠くに投げると、小高い丘の向こうに虹がさしている。アルフォンス君は、花が開い
たような笑顔で虹を見つめていた。
あんまり安心したような、心から嬉しそうな表情だったから、胸がすっとして、なんだかどきどきした。
この子は、人を癒して、清める力があるんじゃないかと思う。たとえばあの虹のように。
そんな風に思った。そうしてもう一度虹を見てみると、虹を見ているとばかり思っていたアルフォンス君の視線の先
に、金髪の背の高い男の人が、大きく手を振りながらこっちに走ってくる姿を見つけた。
虹を背景に煙草の煙が立ち上る。
アルフォンス君は片手だけを挙げて、少し控え目に手を振り返す。
男の人は歩幅を速めてぐんぐん近づいてくる。
遠ざかった雨音の代わりに今度は青空がさして、男の人の金髪がきれいに映えた。
「アル!大丈夫だったか。」
「心配性だなあ・・・、何にもないよ。」
大きな手が、アルフォンス君の頬に心配げに触れたとき、私は当然気付いた。だって、こんなに大切そうに触れる手
を、見逃すはずがない。
アルフォンス君は少し恥ずかしそうにその手を避けて、代わりに私に近づく。
「あ、こちらはマリア。兄さんの恋人。マリア、この人はハボックさんで・・・」
「アルフォンス君の恋人?」
うん、とアルフォンス君がほほ笑む。ハボックさんと言う人も、うれしそうにアルフォンス君の金髪をくしゃり、となぜた。
兄弟のようで、でも間違いなく恋人の親密さを持つ二人はとってもお似合いだ。
思わず笑顔がこぼれる。
「帰り途は、大丈夫だったか?」
「大丈夫だってば」
「何、私が襲うとでも?」
「いや、そうじゃなくて」
ハボックさんはばつが悪そうに頭をかいて、アルフォンス君を見た。視線に「お前、言ってないのか」というものを感じ
る。それを受けてアルフォンス君は苦笑して、言いにくそうに私に告げた。
「実はボクの左目、見えないんだ。」
「ウソでしょう」
「はは、ウソでは無いよ、だから兄さんもハボックさんもこんなに心配してるんだよ」
おおげさだよね、と笑う。
透明な青年の笑顔が、心に残る。
それは虹にも、青空にも映えて、なんだか私は泣きなくなった。
市場に向かうといった二人のお邪魔をしないように、私は早々に分かれた。駅へ向かう坂をゆっくりと登る。
しばらくすると、すがすがしい気分をぶち壊すのにはうってつけのあの男ー私の恋人なのだがーがどたどたと私を追
いかけてくる。
やっと、恋人を顧みる気になったのだ!
と私はそのとき、本当に思ったのだ、心から。
「マリア!」
きた。エドワードだ、やっと追いかけてきた、遅すぎるくらいだわ
間を開けてゆっくりと振り向いた。そうしてエドワードの姿に驚いた。
彼は全身ずぶぬれで、それこそバケツの水をかぶったように水を滴らせていた。きっと、さっきの通り雨に直撃したの
だろう。なんていうタイミング悪い男だろうか。
「エドワード」と声を発すると、エドワードは世界が崩壊する、とでもいった顔で私にこう告げたのだ
「アルは・・・!!?」
ああ、いったいなんだというのだろう、この男は。恋人よりも、もっとずっと。実の弟のことが気にかかるなんて。
「とっくに別れたわよ。アルフォンス君はかっこいい恋人と二人で手つないで帰った。」
何、その反応は。ここで別れてやろうか、という考えが脳裏に浮かぶ。今なら何の未練もなくできる気がした。
「あなた、お酒飲めるのね。アルフォンス君が言ってた。でも絶対に飲ませちゃダメだって」
エドワードの表情が変わる。
雨にぬれた顔が、今までに見たこともないほどの悲壮に歪んだ。彼は膝から崩れ落ちて、まるで神様に祈るように顔
を伏せた。
「アルフォンス・・・・」
その時、信じられないことにその時になってやっと気づいたのだ。
私はこの男の眼中にも、注意を向ける対象にも入っていなかったことに。
急に激しく空虚な気分になって、また雨が降らないかとふと空を見上げた。
ああ、でも青い空は尽きることもなさそうだわ。
そうしてただ、あの左目が見えないと屈託なく笑った青年の笑顔を思い出した。
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