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「『魂』とは、消費しうるものだと先生は思いますか?」
「え?」
突然の、奇異な質問にカイン・ザック教授は振り向いた。彼の講義のおこなわれている教室を見まわして、声の発信
源をさがす。
比較的簡素なそこには30ほどの机と10人ほどの生徒しかいない。
午後一番の授業ではいつものことながら、眠っている生徒がその中に更に2、3人。抽象的な話の多い彼の授業は、
新しいものを求める生徒たちには退屈になりがちなようだ。
前から三番目程の机に金髪の生徒が座っている。大きな目が質問の答えを待っているようで、カインはその青年が
質問したのだ、とすぐにわかった。
「ええっと・・・」
「あ、すみません、突然。アルフォンス・エルリックといいます。」
「魂が、消費される・・・?」
講義の後、改めて青年を呼びとめた。アルフォンスと名乗った青年は呼び止められたことが嬉しいらしく、喜んで話に
応じている。
「はい、たとえば疲弊して擦り減ってしまう、ということはあり得るでしょうか。」
「ええと、精神ならば、そうなる可能性があると思うが。よく言うだろう、とても疲れているときの比喩として。精神がす
り減る、などと。」
「いえ、魂についてです。魂は量的なものなのか、或いは一個として確立しているものなのか、先生のご意見を伺い
たいんです。」
「・・魂が、すり減る・・」
変なことを聞く学生だ、と思った。見てみれば何の変哲もない。こざっぱりとしたシャツを着て、くるくるとした金色の目
でカインを見ている。
「ある宗教では、魂は永遠であり、決して損なわれるものではないといわれているがね。精神にせよ魂にせよ、抽象
的概念だから、何事も断言はできないよ。・・・ただ」
カイン教授は、胸の前で腕を組んだ。胸を張って主張する、ここからの領域は彼の専門分野だからだ。
「私は、魂は多分に量的なものだと思っている、損なわれ、失われる可能性もあるものだと。」
アルフォンス青年はそのカイン教授の答えに満足したのかしなかったのか、ただひどくまじめな表情で一度だけ、頷
いた。
それから、アルフォンスはカインのもとをよく訪れるようになった。たまに昼休みに顔を見かけると気軽に声をかけてく
れる。時には昼食の席をともにして錬金術の会話にふけることになった。
「アルフォンス君・・・食べないと」
「ああっ。そうだ、このあとレポートを完成させなくちゃいけないんでした。」
いそいで昼食をかきこむ青年を眺めて笑った。大学教授は、意外と生徒と接点がない。
こんな風に若者と接するのも楽しいな、と茶を飲んだ。
急いでご飯をかきこんでむせる青年の若さと、光をさしたような明るさがまぶしい。
普段は目立たない生徒なのに、アルフォンスエルリックは打ち解けて話をすると驚くほどに聡明だった。
膨大な知識量、冷静な分析。錬成の構築過程こそ、若さを思わせる無謀なものをときに提案してくるが、それでもそ
のほとんどが、専門家であるカインをすらうならせた。
「ああ、そうか、すまない。それは君の理論の方が正しいようだ。」
と、ときにはカインの理論ですら否定される。
「いや、でも先生のおっしゃる方法も可能かもしれません、もう一度、考えてきます。」
そう答えてくる青年は真摯で、実際次の日にはまた新しい形の理論を組み立ててくる。
常に斬新で、まっすぐな理論。実直な構築式たち、でも時に式の中に織り込まれた強かさも垣間見える。それすらも
好感を持てた。
まるで青年の人柄を表わしているようだと思った。
「ああ、ここはよくできているね。興味深い」
それらを眺めて指さしながら、カインはもう一度青年を見た。金色の、カインの言葉を待っている瞳には溢れんばかり
の勇ましさが、そして誠実さが宿っている。
いい子だな。
雄々しく空を仰ぎ、風に凪ぐ青草のようだと思った。。
笑みを返すと、アルフォンスが歯を見せてにっと笑う。
その光景に一瞬、自分がだだっぴろい草原にいるような錯覚を覚える。
その草原は何もないただ純朴な平原でしかないのに、奥が見えない、底も感じられない。
果てしがない。
アルフォンス・エルリックは、そんな青年だった。
青年が、何かに追い立てられているようだ。そう感じたのは、その日の昼休みのことだった。
「カイン教授!ここちょっと見てもらえまえんか。」
「アルフォンス君・・・おはよう」
青年があいさつもせずに声を掛けてくるのは珍しい。驚いて振り向くと、息をきらしているアルフォンスがノートを差し
出しながら立っていた。
「突然すみません。どうしても、いそぎで、見て、もらいたくて」
「ああ、構わないよ」
ノートに目を通す。今までアルフォンスと重ねてきた議論から、アルフォンスの研究している分野について理解してい
る。ノートの内容を理解することもカインには簡単なはずだった。
「・・・これは」
目を上げてアルフォンスを見ると、緊張した面持ちでカインを見つめている。
「アルフォンス君。これはいけない。失われた人間の肉体は、理論上元に戻すことは不可能だよ。」
青年の細い眉毛がしかめられて、ゆっくりと言葉が紡がれた。
「でも・・・たとえば、戦争で片腕を失った人の腕をもどすことは」
「アルフォンス君」
できる限り厳しい言葉で、青年の必死にも見える発言をとどめる。
ああ、なぜ気が付けなかったのだ。
今まで何度もアルフォンスの研究内容に触れてきたはずなのに。
この青年は、禁忌を犯そうとしている。
「それは人体錬成だ。」
アルフォンス・エルリックは本にノートに注いでいた視線を上げて、カインを見つめた。
「禁忌だよ、それは」
金色の目に、怯えがともる。それを見逃すことができなくて、カインはその金色に籠った脆さを見てしまった、と思っ
た。
そのくらい、禁忌という言葉にアルフォンスが打ちひしがれているのがわかる。これ以上触れれば、簡単に崩れ去っ
てしまいそうなほどに。
青年が初めて見せるむきだしの脆さに、カインは狼狽した。
挑むように強く握りこまれた自身のノートを見つめるアルフォンスから目が離せない。
「アルフォンス君、たとえ理論は完成していても、人体錬成は成功し得ない。だから禁忌なんだ。」
言葉を切って、青年の反応を待つ。
「失われた生命は、二度と脈打つことはない。」
沈黙。耐えがたかった。あの朗らかな青年が今、目の前で崩れ落ちようとしている。
だが、アルフォンスは崩れなかった。カインが予期していたよりもずっと強い声音で、アルフォンスは返事をした
「わかっています。」
「ア」
「わかって・・・ます。」
アルフォンスがカインを見た。視線が合って、先にそらしたのはカインだった。
なぜ、そんなにも強い眼をもっている?
まるですべてを知っているとでも言っているような。
この目ですべてを見てきたとでもいうような。
なのに
すべてを見てきたという目をしているのに君は、
君は今、錬金術師たちが犯してきた最も愚劣な禁忌を犯そうとしているんだぞ・・・!
そう叩きつけてやりたくて、飲み込んだ。
この青年は理解している。
禁忌というものを。その先に何があるのかということを。
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