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朝、やってきたアルフォンスの顔はいつもどおりだった。
「おはよう、エドワード。」
「・・・はよ」
「昨日はごめん、早退して。今日は昨日の分もやるからさ。」
「・・・お前、体は大丈夫なのか?」
「うん?」
アルフォンスが資料から顔をあげる。その視線を素早くかわして、「いや、いい」とごまかして仕事に就いた。
「マスタングと、付き合ってんだな」
そう、聞きたいのに聞けない。何度かアルフォンスと話そうとはするのだけれど、タイミングがつかめない。
昼食の時間もずれてしまい、やきもきしている間にアルフォンスから声がかかった。
「エドワード!」
「あ?」
自分は今猛烈に間抜けな顔をしているだろうと思われる顔で資料から顔をあげる。さっきから文字が頭に入ってこな
い。
「今から資料室に行くんだけど、面白い資料があるんだ!君に紹介したいんだけど!」
アルフォンスの目が輝いていて、すこし見とれた。無意識にこっくりとうなずく。
「・・・・いく。行く行く。」
エドワードはぼうっと眺めていた資料を放るように机に置いて、アルフォンスの後を追った。
資料室につづく廊下の窓を眺めて、もう夜になっていることに驚く。ぼんやりと仕事をしすぎたのかもしれない。
「あれ、電気壊れてる。」
よほど古い資料室らしい、扉を開けるとほこりとカビの匂いがした。
「まあ、いいか。ハンドライト持っててよかった。」
パチリと、小さな懐中電灯をつける。すこし手元が明るくなって、逆に周りが暗くなった気がした。
アルフォンスが、エドワードの先に立って本棚の中をいく。
「なんで、マスタングなんだ?」
と、その背中を見つめて思った。かび臭い、本の詰まった書庫を細い背中だけを見つめて歩く。アルフォンスの先、突
き当りの窓から月が顔をのぞかせている。
「満月だな」と呟くと、やはりひそやかな声が楽しそうに「本当だ、きれいだね」と返した。
「えっと・・・ああ、ここだ。」
一番突き当りの本棚で、アルフォンスの視線が止まる。本棚から一冊取り出して目を通す。
月が、アルフォンスの横顔に銀色の輝きを浴びせている。
「ああ、きれいだな」
ぼんやりと零れたエドワードの言葉に、本から目を離さずに、アルフォンスが笑みで答えた。
「この本、すごく興味深いよ。エドワードもきっと読んだことがある。」
「ふーん。」
本を渡した。アルフォンスはしばらく、本に目を通すエドワードを見ていたが、不意に振り返って窓から月を眺めた。
そうだ、やっぱりこんなきれいな月の夜だった。兄とこの本を読んだのは。
と、窓枠に手をかける。
その頃はまだ自分は鎧だった。
「かびくさいね、窓開けようか」
「なんで、マスタングなんだ?」
「・・・え?」
後ろから、すごい衝撃に襲われて前後を失った。目の前の壁に押さえつけられて呻く。判断を失ったとき、アルフォン
スの耳に誰かの唇が触れた。
「ごめん。」
それはまぎれもなくエドワードの声。
だが温度のない声、え、という前に、耳元に熱い息がかかってただ混乱する。軍服の下から差し入れられた熱い掌
が、脇腹にふれてなでてきたとき、やっと思考が追い付いてきた。
「兄さん」は今、ボクに何をしようとしている?
閃くよりも早く、身をかがめて肘で相手の脇腹を突いた。アルフォンスが短く気合を発して、次の瞬間にエドワードの
体が宙を舞う。体が床にたたきつけられる衝撃と、呻き声。
気がついたらエドワードが仰向けに倒れていて、痛みにうなっていた。アルフォンスは膝を立ててエドワードを見下ろ
している。互いに息が荒い、何が起こったのか、よくわからなかった。
混乱した顔でアルフォンスはエドワードを見下ろした。
「エドワード、今・・・何を・・・」
「いてて・・・お前、強いんだったな」
エドワードが笑む。その笑顔は、彼がアルフォンスの兄だったころから変わらないものなのに。
「ごめんな」
真摯な眼が見上げてくる。言葉が見つからなくて、どうしてエドワードがあんなことをしたのかもわからなくて、途方に
暮れた。
何も言えずに見つめる、エドワードはただ困ったようにまた笑った。
「ごめん・・・、ごめんな。俺、どうしようもないくらいお前がすきなんだ。」
床に寝そべった体制から、手を伸ばしてくる。アルフォンスの頬にふれて、エドワードがもう一度口を開いた。
「お前といると安心するんだ。俺のそばにいてほしい、頼む」
「・・・ほ、補佐としてなら、心配しなくても僕は君のそばにずっといるよ・・・」
「違うよ、アル。わかってんだろ、そういう意味じゃない。」
「・・・・。」
言葉が出ない。
咄嗟に立ちあがった。立ちくらみがした気がする。
違う、兄さんは勘違いをしている。
「違うよ」
「・・・アル?」
「違うよ、エドワード・・・それは・・・違う」
「違うってなんだよ。」
ああ、そうじゃない、そうじゃないのに。
エドワードも立ち上がった。鋼の手で、アルフォンスの腕をつかむ。どうしたって、逃がす気はない。
「だって好きなんだ!アルのことが。こんな・・・こんなに!どうしようもない・・・!!」
腕に痛みが走って顔をゆがめる。この痛みはエドワードの痛みだと思った。
「エドワ・・・」
近づいてきた顔を、反射的によけた。平衡を失って本棚に背中をしたたかに打つ。それでも迫ってくる見慣れた顔が
あまりに切羽詰っていて、拒絶する言葉も失った。
『きっと、もっと混乱する』
確かに混乱している。弟に対する慈悲と、恋人に向ける愛情を混同するなど。
「やめっ、ちょっと・・・落ち着け!エドワード!!」
「ずっと、触りたいって思ってた。なあ、なんでマスタングなんだよ」
なんで、こんなに欲しいのに。
逃げ場を失う。袋小路に追い詰められたような気がした。体をよじろうとしたとき、ついに口を口でふさがれた。
乱暴に、エドワードの手がアルフォンスのシャツの襟元のボタンを引きちぎるようにして外されていく。
「んんん、んっ!」
「な、・・・俺のものに、なれ、よ」
ぐらりと、視界が揺れる。肩をあらん限りで掴んで、引き離した。
きっと、隠すべきではなかったのだ。
「エドワードは勘違いしてるよ・・・!!」
「何がだよっ・・・!」
「勘違いしてる、間違ってるよ・・・!僕たちは兄弟なんだよ、兄さん・・・!!」
苦しい。喘ぐように言葉がこぼれたとき、頬を涙が伝った。
ああ、久しぶりにこの名前を・・・
「ボクはアルフォンス・エルリックだ、君の実の弟なんだよ・・・!!」
「は・・・?」
月の光がまぶしいと思った。
違う、正確には月の光を反射する、兄の金色の髪がまぶしいのだ。
「兄さん」と、もう一度アルフォンスは声を発した。
「僕たちは、兄弟なんだよ。」
伝えるつもりはなかった。でも、言わないことが自分の間違いだったとしたら。
「兄弟って・・・」
「エドワードの・・・兄さんの弟は。ボクは人体錬成の時、死んでなかったんだよ。」
エドワードの、アルフォンスをつかむ腕の力が強くなる。
自分たちが兄弟である、という事実を、告白された当人よりもむしろ、告白した本人の方が衝撃を受けたようだった。
今までにないほど、アルフォンスが動揺している。
それを、エドワードは肩をつかんだアルフォンスの腕から伝わる震えで感じた。
だって。
引き結んだ唇と、頬を伝う涙と。顔をそらしたアルフォンスの、乱れたシャツから覗く鎖骨と。
だってこんなに欲しいのに。
この目の前にいる、アルフォンスという存在が。砂漠の中で水を求めるような渇望よりも強く、体が、心がアルフォンス
を求めているのに。
「構うかよ。」
アルフォンスの表情が硬直して動かなくなる。
「オレはお前が本当の兄弟だろうが構わねえ。お前が好きだ。」
きんいろのやさしいめがゆれる。
それをみて、やっぱり欲しい、と思った。
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