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レイバーが震えている。回りきれない腕で、その背中を懸命にさすった。ゆっくりと、自分の兄をなだめる時のように。
スパイラルは解けない。
そう突きつけられたような気がして、眩暈に似たようなものを感じた。
つながり合って、まじりあって、ほぐれないらせんたち。
その鏡の一つが自分の、腕の中で震えていた。絶望にも似た怯えを抱えて。
「エヴァさんを・・・解放してあげないと・・・」
レイバーを両手で抱きしめながら、つぶやいた。
「私にはできない」と、しわがれた声が返ってくる。
ああ、そうか
「囚われているのは・・・あなたなんですね」というと、震えが止まって、涙に満ちた視線が見つめ返してきた。
「なら、あなたが解放されるべきだ。あなたを救えるのはエヴァさんでも、ましてやボクでも絶対にない。わかるでしょ
う。ボクはボクが帰らなくちゃならないところがある。」
「私は・・・!」
「エヴァさんにとって辛かったのは、あなたが彼の言葉に耳を傾けなかったからだ。それで彼の生きる意志がくじけて
しまったというなら、それは彼の弱さでしょう。」
「君に何がわかるというんだ・・・!」
レイバーの体から、怒りが漏れる。そうじゃない、そうじゃなくて、と言葉を繋ぐ。
「聞いてください、レイバーさん。ボクがあなたの弟さんに似ているというのなら。そしてあなたはボクの兄さんに似て
いるのだから。」
「ああ・・・」という、よわい、だけど意思を持った息が吐かれた。
あなたが、ボクを弟さんと・・・愛するものと重ねているなら。この言葉を聞いてほしい。
「これ以上とらわれないでほしい。きっと、あなたも弟さんに愛されていたんだ。」
だから、あんなことをしたんでしょう、あなたにも確信があったから。弟さんもあなたを愛しているんだと。
噛んで聞かせるようにゆっくりと告げた。黒い二つの瞳から、絶対に目はそらさない。
「ああ・・・ああ。ありがとう。」
涙がまたこぼれて、もう一度アルフォンスはレイバーの頭を引きよせて抱きしめてみた。嗚咽が聞こえる。胸に直接
響くような。
「そうだね、君を、私と同じように欲している人間がいるな・・・。」
しばらくして、アルフォンスを強く拘束していた手が離されて、アルフォンスは安堵に小さく息を吐いた。レイバーは目
を堅く閉じアルフォンスの両肩に手をおいて、何度か深呼吸している。
「君をお兄さんのもとに返さなくちゃね。」
ほほ笑んだ顔は青ざめていたけれど、それは初めて会った時の、医師の顔だった。
アルフォンスも笑んだ。力が抜けて、サイドボードに手をつく。
「きっと、もうすぐ兄さんが来ますよ。早く逃げた方がいい。兄さんはああみえて優秀だから。小回り利きますから
ね。」肩をすくめてレイバーを見ると、レイバーはさっきよりも強い瞳でアルフォンスを見返してきた。
「逃げるなんて。私は君の兄さんに殺される覚悟だよ。」
それ、笑えないですよ。と苦笑してから、できるだけ朗らかな声でいった。
「レイバーさんが兄さんに殺されたりするのは逆に迷惑ですよ。ちゃんと兄さんにはボクから話しておきますから。」
そういうと、さすがにレイバーはうなずいた。
「わかった。」
でも、と続けた言葉は意外なものだった。
「ひとつだけ、頼みがある。」
アルフォンスがうなずいて、笑む。
「一度だけ、一度でいい。キスをしてほしい。その瞬間だけ、エヴァになってはくれないだろうか、私をだましてくれな
いだろうか。」
「キス・・・」
自分は今、呆れた顔をしているだろう。だけどレイバーの目は本気だった。
目を閉じて眉間にしわ寄せて、アルフォンスは腕を組んだ。考えるふりをしているけれど答えは分かっている。
「むー・・・」
唸った後、目を開きひとつ大きなため息をついて、もう一度わらった。できる限り、朗らかに。
「いいですよ」
きっと、兄はすぐに来る。彼はこの場所を苦も無く捜し当てる、そうして自分を強く抱きしめるだろう。
その前の、予行練習も悪くない。
ボクは自分の意志で、兄にこの言葉を伝えなくてはいけない。
いずれにせよこのスパイラルが解けないなら。
瞳を閉じた。肩に震える手が触れて、頬に熱い掌が添えられる。
しばらくして、唇に柔らかくて慈愛に満ちた感触が触れた。
怯えたようにそれが離された後で、アルフォンスはにっこりとほほ笑んだ。
兄を想う。もうすぐ来る、金色の存在を。
相手の目を見て微笑んだ。
「愛してるよ、兄さん。」
「・・・ありがとう」
ベッド脇の窓から、空を眺める。ここがどこだかはわからないが、兄の足音さえ聞こえた気がした。
窓際の机に置かれたリゾットを食べた。すでに冷めているけれど久しぶりの食事に、口が、喉が安堵する。
「・・・これから、料理もできる・・・」呟いて。ほほ笑んだ。
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