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スパイラル
9
「おかえり、アル」
ああ、ただいま兄さん。ボクは戻ったんだ!ここに・・・!!
兄がほほ笑んでいる。金色の存在。
ボクはこの光に生かされて、そしてつなぎとめられていた。
「愛してる、アルフォンス」
光が満ちていく、兄を見失う、両手で顔を覆った。
自分の気持ちさえ分からないのに
兄さん、ボクにはその権利があるのかな・・・?
ボクは首を振ることができるのかな
「にいさ・・・」
自分の声に目を開いた。ここがいつもの清潔な病室であることを期待した。兄の笑顔が眼に飛び込んでくることも。
しかし世の中、やはりそうは上手くいかないらしい。そこはどうやらレイバーの家らしかった。ただ、生活のにおいが
まったくしない。ほこりにまみれた棚、日に焼けたカーテン、かび臭いにおいが鼻につく。
すぐ隣にはつい最近まで医者だと信じていた男が、目もそらさずにじっと自分を見つめている。
きもちがわるい・・・。
ただ、それだけのことを思った。それは信じられないくらい悲鳴を上げるからだと、めまいがするようなこのわずらわ
しい状況から起因しているに違いなかった。
「気分はどうだい?」
おとこは微笑をつくり、アルフォンスの熱のある頬に触れた。冷たく感じるのは、自分が熱を持っているからだ、と思
う。
「まだ、苦しそうだね。薬を持ってきたよ。」
アルフォンスはあきれてものも言えなかった。このおとこは、退院もできていない自分を連れまわし、(というか誘拐
し)さらには隙あらば食おうとまでしているのに、今声をかけたその口調と表情は、心からアルフォンスを心配している
のだ。兄が、弟を心配するように。
おとこはアルフォンスの上半身の下に腕を差し入れ、助け起こした。抵抗しようか、とちょっと考えたがやめた。どう
動いたって、たとえこれが毒薬であったって、アルフォンスに勝ち目は無い。と考えて、されるがままからだを起こし
た。実際、意外とからだに力が入らなくて驚く。
グラスが口元に運ばれて、冷たい水がのどを流れた。
あ、おいしい。
ふとおとこに目をやる。おことはやはり目もそらさずにじっとみつめている。
いやだな、と思う。
あの目だ。
薬を飲んでみると、確かにからだが楽になったようだった。グラスをサイドテーブルに置くレイバーを見ていたら、おと
この面影がある人物に重なって、つい言葉がこぼれた。
「エヴァっていうのは、ご兄弟の名前なんですね。」
レイバーははっとしたように顔を上げ、アルフォンスを見た。
「ボクがエヴァさんに似てる、とか?」
レイバーは今度はうつむいた。
「エヴァっていうのはね、私の弟だよ・・・・。・・・君にすごく似ている。存在というか、雰囲気というか。初めて君が運
ばれてきたとき、君がエヴァに見えたくらいだ。」
目が細められる。慈しむような目から、思わず視線を外した。
「ボクが・・・。」
「・・・ボクはお弟さんに似てるらしいけど、あなたは兄さんに似てる、と思う。」
ああ、ことばも出すのがちょっとおっくうだな。
自分から話し出したのに、眉をしかめてしまう。
「・・・・へえ。わたしが?」
アルフォンスがうなずきながら深呼吸する。あきらかに苦しそうなのに、いったい自分にこの青年が何を告げようとし
ているのか、レイバーには分からなかった。
「ときどき、兄さんもボクをあなたと同じような目でみてる、急に静かになったと思ったらこちらをじっと・・・みつめていた
り。」
すっと息をすった。ひそかに胸が膨らむ。
「目が覚めたら、兄さんがまじかで、ボクを見てい、たり・・・っ」
ごほっ、とアルフォンスがむせた。レイバーは思わず右手をのばして背中をさすり、呼吸を整えるのを手伝う。
「君のお兄さんに似ているなんて。それは光栄だな。」
「ボクは、その目は苦手だな。・・・怖い。」
むせて、涙をためたアルフォンスの瞳が伏せられる。
「底が知れないんだ。何を考えているのか分からない。」
何度か繰り返しせきがでて、溢れだした涙が頬を伝った。
彼の顔立ちはもう立派な青年なのだ。なのに、その清廉な頬に涙が伝うこと、そのアンバランスさにレイバーは言葉
を失って目を離せなくなっていた。
顔を近づける。
青年の疑問に答えたくなる誘惑に駆られる。
それはね、君のお兄さんが君をおとこの目で見ているからだよ。
のどから出そうになった言葉を飲み込んだ。
アルフォンスが嗚咽を漏らしてベッドに突っ伏す。
うまく呼吸ができていな、何度かせきをする。
「大丈夫かい?苦しいんだね。」
背中をさする手を止めることなく、青年の上半身を抱え起こし、ベッドに仰向けに寝かせようとした。
月の光に照らされた、白い、肉の無い頬に流れる涙、しかめられた眉、開かれた口。
そしてアルフォンスから言葉がこぼれた。
「は・・・吐く。」
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