感謝と、敬愛をこめて





最近、弟が冷たい。

熱くなったフライパンに手をかざして、エドワードは思わず舌打ちした。ちらりと横目で寝室に続く階段に目をやる。ア
ルフォンスが起きてくる気配はまだない。

 いや、そんなことは全然最近なんかじゃないのだ。あの見た目とてもかわいい(兄談)弟は、基本的に兄の熱烈な
アプローチとか愛情表現とかには疎い上に、クールだ。そんなのはいつものことだ。

 にしても
 にしても、だ。大学に入学してにわかに忙しくなった弟はここ二日間、かまってほしくて仕方ない兄貴そっちのけで
レポートを作成している。その情熱たるやすさまじいもので、食事と風呂以外にはろくに部屋から出てこない。
弟とスキンシップしたくて仕方がない兄はついに痺れをきらし、弟に集中しすぎだ、と抗議した。ちょっとはお兄様をか
まえよ、と。
すると弟は、
「この兄ありてこの弟あり、だね。」
 と兄の集中力を引喩しながらふっと笑っていたが。

卵を二つ手に取る。片手で割ってフライパンで焼いた。じゅっ、といういい音がして香ばしいにおいが広がる。

今だって、いつもはアルフォンスがエドワードより早く起きて朝食を作ってくれるはずなのに、起きてこない。

 余熱で十分焼やきあがるであろうところでコンロをとめる。パンはトースターの中、コーヒーはこぽこぽといいにおい
をたたている.
 準備万端だ、あとはアルフォンスをおこしに行くだけ。
「ふふん。」
自慢げに鼻から息を吐いて、エドワードはキッチンから寝室を見上げた。

「アル。」
毛布にくるまって微動だにしない弟に声をかける。見ると、相当苦戦しているらしい、机の上が書類で荒れている。日
頃整理整頓を心がける弟にはとても珍しい傾向だ。
「アル。起きろ、朝だぞ。」
「ん・・・」
もぞり、と毛布が動いて金色の短い毛先が見えた。顔も見せずに、薄情な弟はのんきにエドワードに挨拶する。
「おはよう、兄さん。今日は早いね。」
「何言ってんだ、お前が遅いんだよ。もう9時だぞ。」
「え!!」
ガバリと起き上がる。目覚まし時計を確かめようとして、そのままへなへなとベットに突っ伏してしまった。
「あ、頭いた・・・」
「おいおい、大丈夫か?」
顔を覗くと、確かに赤い。久しぶりにちゃんと見た弟の顔を思わずなでた。
「熱いな、風邪じゃねえか?病院行くか?」
ついでに髪の毛もなでてみる。
「それより学校・・・」
髪の毛をなでていた手でぺちんと額を叩いてやった。
この弟は、どこまでいっても律儀だ。
「ばかやろ、そんなこと言ってる場合か。」
「やっぱだめか・・・そうだね。今日はじっとしとくよ。」
「飯は?食えるか?」
「ん〜・・・ごめん、兄さん、朝ごはんも食べれそうにない。」
そんなにつらいのか。
「いいから、寝てろ。ったく、日頃兄ちゃんをなおざりにするからだ。」
「・・・それとこれとは全く関係ない気がしますが。」
ベッドから見上げてくる視線に笑みを返した。これだけ強気なことを言っているのなら、大丈夫なのかもしれない。
額に手を置くと、結構な熱さだった。
「すぐに濡れタオル持ってきてやるからな」というと、「いいよ兄さん、仕事いきなよ。」という答えが返ってくる。かわい
くない。
「はいはい」と、そのまま髪の毛を何度かなでていると弟は「きをつけてね・・・」と言いながら、ゆっくりと眠りに落ちて
行った。














熱い。不意に目が覚めて、今度はゆっくりと時計を確かめた。午前11時。眠りが浅いらしく熱が上がっている気がし
た。体は不調を訴え続けているようだ。
ドアが開いて、そちらを見るとグラスをもった兄さんが入ってきた。

まだ居たんだ。
「あれ、兄さん。居たの?」
「・・・いちゃ悪いかよ。」
「もう仕事に言ったかと思ってたよ。行かなくていいの?」
「・・・オマエ・・・冷たすぎるぞ。オマエが寝込んでるのにいけるか。」
ほれ、と差し出されたのはしぼりたてのリンゴジュースだった。

・・・もしかして、これをずっと作ってたのかな。

「・・・ありがとう。」
「おう。胃にちゃんとものを入れろ。りんごジュースはビタミンCが豊富だから。」
ついつい笑ってしまった。兄さんが怪訝な顔でボクをのぞきこむ。
今日はいつもと立場が逆だ。いつもはボクが兄さんの世話を焼いているのに、今日は兄さんが世話を焼いてくれてい
る。

「うん、ありがとう。兄さん。」
自然に感謝の言葉が出てきた。
そういうと兄さんは目を細めて、今度はボクの頭を抱えるように耳の後ろを両手で触れてきた。わざと冷やしてきてく
れたのか、兄さんの両方の掌がひんやりとして気持ちいい。
「どうだ?」
「ん・・・きもちい・・・」
目を閉じて、息を吐いた。のどが痛く、ぜえっという熱い息。さっきから頭痛が治まらない。
「ウィンリーに電話したら、耳の後ろのリンパ腺を冷やせって」
「うん・・・」
確かに効果あるかも。
はじけんばかりに脈打っていた頭が、兄さんのおかげでずいぶん楽だ。
うつらうつらとして、兄さんの両手に頭を預けた。

そのとき。信じられないことに、兄さんは唇を押しつけるように弱っているボクにキスをしてきた。
うとうとしていたボクは、それはそれは眼を見開いて驚いた。

「・・・っ!」
手を突っ張ってみるけど、兄さんは相変わらずボクの頭を抱えている。息ができなくて涙が出た。口元をなんとかずら
して酸素補給。ついでに必死に抗議する。

「ちょ!うつるよ!」
「うつせよ。」

うつせよ、だって・・・!?
しんじられない。
うつしたりしたら・・・

誰が看病すると思ってるんだよ!!

冗談じゃない、風邪のときの兄さんは大変なんだ。
アルここにいろ、お前兄ちゃんが死んでもいいのか、そのおかゆ食べさせてくれ、はい、「あーん」などなどなど

肩に兄さんの熱い手がかかってはっとする。
ていうか兄さん、明らかに興奮してない?
兄さんの目は本気だ。
もう一度覆いかぶさってきたのを、必死によける。

「い・・いやだ!」
「いやじゃない」
「んーーっ!!」

もう限界だ、いい加減にしろこの馬鹿兄と思うのに、ものすごい力で抑え込まれた。
眉間にしわを寄せて、覚悟を決める。思い切って一切の抵抗をやめた。
ぐったりとしたボクに兄さんは逆に怯えたように唇を離してくれた。

ボクは何度か咳きこみ、できるだけ誠実に告げた
「兄さん・・・もうだめだ・・・びょ、病院・・・」
この、ぼくの決死の演技に兄さんはうまく引っかかってくれたらしい、可哀そうなほどに真っ青になって電話に向かっ
て駆けて行く。

早いなあ、とかのんきに思いながら口の周りをパジャマで拭う。
荒い息をなんとか整えたら頭痛がさらにひどくなっていることに気づいた。あながち演技でもなかったかも。
今頃、兄さんはマスタング大佐に電話して、たまには有能な所を発揮しろ、とか言っているだろう。

「すみません・・・大佐」

それでも、サイドボードに置かれたりんごジュースを手にとって口に含んだ。
果肉のたくさん入ったりんごジュースに、兄さんの気持ちが溶け込んでいるような気がする。
きっと兄さんは、本気でボクの風邪を貰うつもりだったのだ。ウィンリーあたりが風邪はうつせば治る、とか教えたに違
いない。
純朴でまっすぐな、今頃は必死で電話をかけてくれているその人を思って微笑む。

感謝と、敬愛をこめて















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