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「ここを明日までにでるっつったんだ。」

「君の言っている意味が分からないが。」

レイバーはさっきの診察結果を問診表に書き込んでいるらしい。顔もあげずに言い放った。そこは静かな病院の一室
で、窓が一つだけついている簡単な部屋だった。患者の家族と話があるときに医師たちがここを使っているらしく、エ
ドワードが「話がある」とひどく不機嫌な声でレイバーにいったときに、レイバーが選んだ部屋だった。

 レイバーは、換気のために開けた窓から激しい風とともに雨が降り注いできたために、開けたそばから即座に窓を
閉めた。

「他にいい病院を見つけたんだ。ここにいる必要はもう無い。」

「無理にアル君を移動させて、いいことなど何一つ無いよ、オニイサン。この病院は間違いなくアメストリスで最も優れ
た病院だ。私は転院に承諾しかねる。」
エドワードはいつもの最高に悪い目つきを更にぎらりととぎすまして、地を這うような声音で言葉をはいた。

「お前の承諾なんかいらねえんだよ・・・!」

「私はアル君の主治医だよ。彼は、少なくともまだ転院できる状態じゃない」

「主治医・・・?ふざっけんな。普通の医者は夜中に病室に来て患者の手を握ったりしねえ・・・!!」

こぶしが強く握りこまれている。エドワードは歯噛みするようにぎりぎりと医師をにらんだ。
今日、眠っているアルフォンスの病室に入り、手を握るレイバーを見つけた。
エドワードは忘れていた書類を取りに帰ったところだった。アルフォンスを起こさないように静かにゆっくりとドアを開け
た時、その光景が目に飛び込んできた。

その時アルフォンスが朝兄に聞いてきたことも納得できたし、日頃のこの主治医のアルフォンスに対する奇妙な視線
や、妙ななれなれしさも理解した。
ただ茫然と弟の手を強く握る男を見つめる。
湧き出すような怒りを隠しきれない。
ドアを開けた瞬間に、はじかれたようにレイバーはアルフォンスの手を放し、エドワードが怒鳴るよりも一瞬早く病室か
ら出て行った。

「何やってた!!」
院内に怒鳴り声が響く。今は周りの状況なんかかまってはいられない。レイバーはうつむき、沈黙している。
相手の襟を掴もうとしたとき、抑えに入ったのは周りの看護婦だった。

「警察を、呼びますよ」穏やかにそう言われて、俺は国家錬金術師だ、と叫びつけようとしたがやめた。このままでは
何も進まない。
大きく息を吸って吐いた。
「ふざけんな・・・今後一切弟に触んな。」やっとそれだけ吐き捨て、踵をかえした。


だが、セントラルから帰る列車の中で夢を見た。
病室を開けると、ただ空っぽのベッドが残されている、夢。
血の気が引いた。目が覚めると、全身に汗をかいている。

一目散に病室に向かう。アルフォンスにあって、その存在を確かめる。

落ち着いてから、逆にレイバーに対する怒りがふつふつとまた浮かんできた。

この男がアルフォンスに対して抱いている気持ちを、自分はいやというほど知っている。だからこそ許せなかった。で
きるだけ早く、できるだけ遠くに、アルフォンスをこの男から、この視線から遠ざけたい。
そして医師を呼び出した。



「病院を変える。アルフォンスにも了解はとってる。弟を変な眼で見るような奴がいる病院に、これ以上あいつをおい
てなんかおけない。」

それを耳にしてレイバーは、笑った。ははは、と。それは実に軽やかでいてある特定の滑稽さを含んだ笑いに聞こえ
た。


「確かに私は君の弟君に好意を抱いている。でも・・・変な眼だって?君は面白いことをいうね。それをいうなら、兄は
弟に恋愛感情なんていだかないだろう?」

普通はね。そう言って、もう一度笑った。頬に影が落ちている。

「てめえっ・・・!」医者の襟首をつかんで、思い切り机にたたきつける。沸騰した頭のままで、殴ろうと右腕を振り上
げる。しかしかろうじてやめた。医者の言葉は確かに正しい。
兄は弟に恋愛感情は抱かない。

それに殴れば弟がひどくかなしむだろう。

深呼吸をする。怒りで震える腕をゆっくりと下げた。
「・・・アルフォンスに、二度と触るんじゃねえ。」
はき捨てた。医者の体をそのまま机にうっちゃって、部屋を出る。

出る間際、扉に手をかけながらつぶやいた

「・・・・・・明日ここを出る。」
黒い感情が、ぐるぐると己の中で渦巻いて、自覚せずにはいられない。目も背けられないほどに。








 

 洗面所で顔を洗って、大きく息を吐いた。額に手を当て、さっきの医者の言葉を反芻する。

「兄は弟に恋愛感情を抱いたりしない・・・」

そんなことは百も承知で、でも自覚せざるを得ないほど大きく膨らんでいるのだ。だからこそ弟に向けられた特別な視
線は決して許せなかった。絶対に、アルフォンスだけは手放せない。

弟の病室に入ると、アルフォンスはベットにゆったりと腰掛けて、窓の外を見ていた。硝子を激しく打つ、水滴。それは
尽きることなくぶつかり続けては硝子に沿って流れ落ちてゆく。アルフォンスの横顔を眺めながら、ふつふつと強い感
情が沸き起こるのをとめることができなかった。

おれのもんだ。






「アル、風邪ひくぞ。」
ふっと、病室に戻ってきたエドワードに顔を向けて、うん。と返事をした。
「知らなかった。雨の日は空気がこんなに湿ってるんだね。」
すっと息を吸い込んで、吐いた。自分の存在を確かめるように。


「兄さん。」
「ん?」
「雨の日は機械鎧の付け根が痛むって、言ってたけど・・・大丈夫?」
エドワードは自分の機械鎧を掴んだ。二三回さすって、にっと笑んでアルフォンスを見る。
大切な右腕。弟の命と引き換えの。
「もう慣れた。今となっちゃいい天気予報だ。」
あはは、と二人で笑う。

「今度は兄さんの腕を戻す番だ。早く体力つけないとね。」
「・・いいよ」
「何言ってるんだよ、頑張るから。兄さんもそんなにボクを甘やかすなよ。兄弟離れできなくなるよ。」

雨が降っている。大きな金の目がエドワードを見つめている。これも、この金の瞳すらおれのものだ、という考えが瞬
間的に脳裏に浮かぶ。視界が狭まって、何かがどんどんと胸を打つような錯覚に陥った。

「・・・兄弟離れなんかしなくていい。」
「そんなブラコンじゃ、お嫁さんが悲しむなあ。」
旦那さんのマザコンで苦しむお嫁さんなら聞いたことあるけど。ブラコンはなかなかないな。

ふ、と笑ったアルフォンスは、兄の雰囲気の変化に気付かない。

不意に、静寂が下りる。窓の外の雨脚が激しくなる。エドワードが何かつぶやいたけれど、アルフォンスは聞き取れ
なかった。
「・・・兄さん?」
長い前髪で、兄の顔がうかがえない。

急に、エドワードが視線を上げて弟の目をとらえる。

頼むから、受け止めてほしい。この存在を失うなんて考えられない。
大切な弟。自身の存在意義そのもの。

そうして、エドワードは苦しそうに、喘ぐように、泣きそうなゆがめられた顔で呟くように言い放った。

「好きだ」



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