スパイラル











「昨日はよく眠れた?」
午前中の検診で、レイバーがアルフォンスに尋ねた。
「はい。」
聴診器をあてながらアルフォンスの手を握りこむ。そのしぐさに、何となく昨日の夢が思い起こされた。
「先生。」
「・・・ん?何?」
見上げてきた眼はうつろだった。

先生、疲れてるんだ。

「・・・いや、先生は昨日眠れましたか?」
「うん、ぐっすりだよ。」

そうですか、と答えた。医師に眠れているかなどと聞くのは、逆に失礼なのかもしれない。
「おい、もうそろそろいいだろ。」
「・・・兄さん・・・。」
「ああ、悪いね。お兄さん。今弟君を解放するから。」
珍しい句皮肉な物言いだな、と首をかしげてレイバーを見る。黒い瞳の下にできている、濃い隈。明かに眠れていな
い。少し痩せたようにも見えるのは、錯覚だろうか。

「おお、さっさとしろ。」

きっ、とエドワードをにらんだけれど、エドワードはエドワードで医師に握りこまれた弟の腕を苦々しく見つめている。
これは・・・いくらなんでもブラコン過ぎる。まったく早めに兄弟離れしないとな、とため息をつく。




朝起きて、食事をとり、リハビリをした後、アルフォンスはまた眠る。「昼寝なんて、子供みたいだね」、というとレイバ
ーは「君はまだ成長中の子供のようなものだからね、睡眠は不可欠なんだよ。」といい、エドワードも珍しく医者の言
葉に大賛成した。

エドワードは査定に行き(それはそれはしぶしぶと)、アルフォンスがうとうとしていた時、また、手を握りこまれたのを
感じた。
あ、まただ。と感じるよりも早く、その手ははっとしたようにほどかれて、あわてたように人の気配も去っていく。

病院の中の雑音が聞こえる。どうやら手を握りこんでいた人物がドアを開け放っていたようだ。雑踏、機器の音、誰か
の口論の声。

ドア、閉めたい・・・

そう思いながら眠りに引き込まれた。どこかで兄の声が聞こえた気がする。










午後、昼寝の後でゆったりと読書をしていた時エドワードが査定から帰ってきた。大急ぎで帰ってきたらしい、どっかと
ベッドの隣に腰かけて深呼吸する。

エドワードの顔が少し青い。時々こんな風に青ざめる時がある。それは大抵人体錬成で失敗した夢を見たときらし
い。
列車の中でいやな夢でも見たのかな

ふっと、微笑んでやる。できるだけ、柔らかい、兄を歓迎する笑みで。
「お帰り、兄さん。お疲れ様」

ああ、と兄は息を吐いて少し顔色を良くした。安心した、という表情をする。
手をのばしてアルフォンスの頭をなでる。
しばらくそうした後で、追い込まれたような真剣な表情をした。
「なあ、アル。」
「うん?」


「明日、この病院を出るぞ」
兄の信じられない言葉に、アルフォンスは目を見開いて飽きずに自分の頭をなでる兄を見上げた。
「なに、なんだよ突然。」

「アルもずいぶん歩けるようになったし。」
いや、一日20歩歩いたところでこけたら兄さんが真っ青になってとめるから、まだ20歩しか・・・
 
「飯も食えるようになったし。」
いやいや、兄さんが食べさせようとするから、ボクろくにスプーンも握れないんだけど。
 
「ここにもずいぶんいたしな」
ま だ 一 か 月 だ よ ・・・ !
 
ついに弟は爆発したが、頭がぐるぐるしても非力なからだではあらわせなかった。
急に何を言い出すんだ、この兄は。
「ボクはまだここにいるよ。」
きっぱりと兄に告げると必要以上に打ちひしがれた表情になる。
なんでだよ、と声が荒げられた。
「金はある。お前の体も異常ない。家も今日見つけてくる。あとが俺が全部お前の面倒見る。俺がお前を幸せにす
る!」

兄さん、それじゃプロポーズだよ。
弟はあきれてものも言えなかった。
流れに任せて口から出た言葉によほど狼狽したらしく、兄は顔を茹蛸のようにしてそっぽを向いた。

「なんでだよって聞きたいのはこっちだよ。心配をしてくれるのはすごく嬉しいけど、ボクは甘やかされてばかりじゃい
られない。早く歩けるようになりたいし、一人で食事できるようになりたい。そのためにはリハビリが必要なんだ。
兄さん、きっと今の状態でここを離れたら、ボクはもっと兄さんに甘えてしまうよ。」
エドワードはうつむいたまま弟の顔をちらりと盗み見た。
「・・・なら、病院だけでも変えようぜ」
はあ。と思わずアルフォンスがため息をつく。
 
 兄は本当に、時々何を考えているのか分からない。行動はとても分かりやすくて白黒しているのに、その行動を引
き起こす理由を、伝えてこないしあらわしもしないから、いくら察しのいいアルフォンスでも時々本当に戸惑ってしま
う。
つまりは、兄はこの病院が気に入らないのだ。

「どうして。理由を言ってくれないとわからないよ。」
兄はすねたように唇を尖らせている。意見を変えるつもりは無いようだ。
「練成をする前からこの病院にしようって、それは決めてたことじゃないか。施設もきちんとしているし、安全だよ。レイ
バー先生だって、優秀できちんを見てくれてる。」


エドワードが無言になる。アルフォンスは、本当にむかむかした。兄が無言になるときは本気のときで、説得している
ように聞こえても実は既に決定された事項を弟に伝えているのだ。


だから、兄は本気で病院を変えるつもりだ。
 












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