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唇に、柔らかくてあたたかな感触。
まじかで弟がほほ笑んでいる。
至近距離で、極上の笑みで。
「兄さん、おはよう。朝だよ。」
じりりりりりりりりり
ああったく。いい夢見てんのに。起こすなよ分解するぞ!
エドワードはものすごく不機嫌な顔で、機械鎧の右腕を振り上げた。容赦なく目覚まし時計を砕き割る。
ああ、今朝の夢は見ようと思ってもなかなかみれないような極上の夢だったのに。
目覚まし時計なんかかけなきゃよかった、ほっといてもアルが起こしてくれるんだ。キスなんか絶対してくれないけ
ど。と目覚まし時計に夢を遮られたことを心から憤慨しながら目覚めた、朝。
頭を掻きながら上体を起こす。ふと視線を感じて寝ぼけた目をこらすと、エプロン姿のアルフォンスがベッドのエドワー
ドのすぐ脇に腰かけていた。エドワードから少し体を引いた状態で、砕き割られた目覚まし時計を、信じられないとい う顔で見つめている。
あれ・・・、アルフォンスがこんなところに。さっき見た夢の続きだろうか。と眠い目をこすってみる。
普段、弟はめったにベッドまで起こしに来ない。寝起きの悪い兄を起こすのも、いつも階段の下から一声呼ぶだけだ。
そのよく透る声で「兄さん、朝だよ」と一言。それだけでエドワードは覚醒する。
あ、これはまだ夢の中なんだな!
夢の続きなら都合がいい。もうちょっといい思いをしよう、と、エドワードはアルフォンスの腰に両手を回した。ほんわり
とアルフォンスのにおいがして、朝ごはんのいい匂いなんかも香って、こころから幸せな気分になる。
ん?におい?
夢なのに?
「兄さん・・・。」
ふと、後頭部に触れる弟の掌。なでているようだけれど震えている。アルフォンスの顔を見上げると、ひきつった笑顔
が見下ろしていた。
「目覚まし時計・・・ちゃんと直してね。」
「アル?・・・アルか?」
「・・・うん。誰に見える?」
ぱしぱしと瞬き。これは本当にアルフォンスだろうか。どうやら相当怒っているけど(おそらく目覚まし時計を壊したこと
にだ)。けれども、これが夢じゃないのならば確認せずにはいられないことがある。
「お前、さっきさ、俺が起きるとき、『おはようのちゅう』した?おれに。」
「・・・ ・・・したかもね。」
えっ、と自分で聞いておきながら小さく叫んだ。それを見て、アルフォンスがあきれた表情をする。
逃げようとする弟の腰にしがみついてみっともなくも追いすがった。
「アル!!にいちゃんは天変地異が起きる前に、もう一回でいいからキスしてほしい。」
ああ、殴られる。エドワードは固く眼を閉じて覚悟した。でもそんなスキンシップも好きだから俺は重傷なんだ。自覚し
てる。
そう思ったとき、額に柔らかい感触が当たって思わず目を見開いた。
アルフォンスが苦笑している。まじかで見る、大好きなやさしいほほえみ。
「・・・兄さん。朝ごはんできてるよ。」
・・・生きているって、素晴らしいことだと思う。
「でもウィンリィ、正直俺は怖い。」
はあ、と電話越しに幼馴染のため息が聞こえる。
エドワードは今職場にいて、つまりは軍部の回線から直接幼馴染に電話をしている。同室の同僚たちが「こほん」とこ
れみよがしに何度かせき込んでいるがはっきりいってそれどころではない。
あれから、妙にやさしいアルフォンスと朝食を食べた。おかしい、何かがおかしいと思いつつ、通勤のための準備を
し、制服に袖を通してキッチンを通り過ぎる時、近づいてきたアルフォンスが「今日は身支度が早いね」と襟を直してく れた。
そして、「いってらっしゃい」と
「キ・・・キスを・・・、だな。」
「あー、今日は本当にあついわね、エド。こっちはただでさえ暑いのに。勘弁してほしいわ、ほんと。」
「うっせえ、俺はほんとそれどころじゃねえんだぞ!」
どん、と仕事机をたたいた。乗っていた紙っぺらが何枚か飛んだようだ。
アルはどうしちまったんだ!そりゃもうすんげえうれしいが最高にうれしいがやっぱなにかおかしいと思う。
でもおかしいおかしいとか思いつつも、いってらっしゃいのキスをしたあと急いで離れたアルの赤くなったうなじなんか
見ちまった日にはお前・・・あまりの驚きにそのまま家から出てきちまったが・・・・・・・・・俺、今すぐ家に帰りたい。帰 らせろ。いや帰る。
そう最後まで叫びきったとき、同僚たちの拳が握られているのが眼の端に入る。さらに電話の相手の声も震えてい
た。
「あんたは本当にもう・・・何これ、嫌がらせ電話?」
電話の相手をスパナで殴り倒す方法はないものかしらね。
ウィンリイの声もほとんどエドワードには届いていないらしい。
「俺は本気だ・・・。怖い。アルのやつ、俺に何か隠しごとしてるんじゃ・・・。」
ウィンリイがもう一度、今度は深く長い溜息をつく音が聞こえる。
「・・・あんたさ、今日、誕生日でしょ。」
「ん?・・・誕生日?」
カレンダーを見た。そういえば、すっかり忘れていたが確かに今日は、自分の誕生日だった気がする。
「この間アルに聞かれたのよ。あんたの誕生日プレゼント何がいいかなって。だから、ひたすらエドを甘やかしてみた
らいいんじゃない?って教えたんだけど・・・実行してるんだ、アル。」
エドワードはちょっと電話の前で考えた。
じゃあ、
じゃあじゃあ、おはようのキスも、俺を殴らないのも、いってらっしゃいのキスも・・・
俺へのプレゼントってことか?
「ウィンリィ。おれは今、お前に猛烈に感動した。正直感動して涙がでそうだ。」
「いいわよ。気持ち悪いから。それよりね、エド。今ラッシュバレーで話題のスパナが新発売されてて、それが手に吸
い付くような上物らしいのよね。」
「おう。何本ほしいんだ。いくらでも買ってやる。」
え?一本でいい?いいよ遠慮すんなよ。わかった。じゃあすぐに送る・・・
最後に盛大に礼を言って電話を切った。
もう一度カレンダーを見て確認してみる。
そうか、今日はオレの誕生日か。
そうかそうか。
ウィンリイが言っていたことが本当なら、アルフォンスは今日エドワードを、ひたすら、甘やかすはずだ。
なら・・・あんなことやこんなことやそんなことも・・・
と想像したとき、今しがた切ったばかりの電話が嫌な音をたてた。
「ああ、鋼の。臨時で頼」
「却下だ。俺は今日臨時休暇を申請する。猛烈に腹が痛くなった。家に帰る。」
「ちょっと、待て。代わりに明日から二日休暇をだす!これは君にしか頼めないんだ、頼む。」
上司の声があせっているがまったくもってしったこっちゃない。
「ふざけんな、帰る。」
そう言って電話を切ったが、再三の要請に断れず(さすがにホークアイ中尉にまで直接電話をかけられると断れな
い)、部屋が埋もれるような書類の山を今までにない速さで処理した。
この無能、覚えとけ、と捨て台詞をはきつつ、それでも真っ暗やみの中帰宅の途に着いた頃には気持ちが高揚した。
顔がにやける。ほとんど走るように家に帰った。
家に着くと、電気のついたキッチンには豪勢な食事と手作りと思われるケーキがきれいに並べられている。
ああ、おれは幸せだ・・・!
そう思ったが、その幸せをくれるはずの弟が見当たらない。まさかと思って部屋をのぞくと、ベッドに一人分のふくら
み・・・。ひそかに上下している。
おい。
「アルー。帰ったぞ。」
サプライズかな?とか、先にこっちか?などとおおいに期待を膨らませて上下するふくらみに触れる。ふとんを少しめ
くって見ると、水色のパジャマを着たアルフォンスのたくましい背中が見えた。ごくり。
触れてみると、眠っていたのか体温が高くて気持ちいい。
「アル・・・ただいまのキスは・・・?」
「ん・・・?」
お前、寝てたな?本気で。
今日はおれの誕生日だぞこの野郎。
ああ!でも、これから思う存分、いちゃいちゃしてやる!してやるぞ・・・!!
しかしもぞりと動いて顔をのぞかせた弟は、幾分不機嫌だった。
「おかえり・・兄さん。・・・いま、なんじ?」
「ん?えと、夜の三時だな」
「連絡も入れないで、こんなに遅くまでおしごとおつかれさま。料理は明日二人で手分けして食べようね、お休み。」
怒ってる。
キッチンにあった豪華な料理を思い出した。きっとかなりの時間をかけて作ったに違いない。さらに、エドワードは時計
をもう一度確認した。誕生日は・・・三時間前に終わってしまった。
それから。
真っ青になったエドワードは、必死にもなって弟から布団をはがそうと渾身の力を振り絞った。
「兄ちゃんが悪かった、アル!・・・だから起きろ!!俺を思いっきり甘やかせ!な!」
不機嫌な弟はそんな兄のあがきをもろともせず、頑固にベッドに張り付き続けた。
最後には「来年は、プレゼントには物を送るよ兄さん・・・!!」布団の中から叫ぶほど。
朝5時。それまで続いた二人の戦いは、エドワードのこの宣言でついに終結を迎える。
「よーくわかった、寝るんだな、アルフォンス、お前はにいちゃんを置いて一人で寝るんだな。よしわかった。
俺は今からお前が一生懸命作った料理をひとりで残さず食うぞ。全部だ。ケーキも。
んでもって、俺には二日休暇がある。
それをいっぱいいっぱい使って、お前におれの誕生日を祝わせてやる・・・!
二日間いっぱいいっぱい使って、お前も残さず食ってやるからな・・・!!」
直後、弟の素晴らしい拳がエドワードの顎にきれいに決まり、あえなくエドワードは床に就き、一日を無駄にした。
しかしもう一日は、兄の宣言通り、説得に折れた弟はいやいやながらも兄においしく頂かれた。
「ああ、もう。兄さん、誕生日おめでとう。」
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